保育園は母親を幸せにする 子どもの発達にもプラス東京大学大学院 山口慎太郎准教授(下)

女性はキャリアを継続することが重要

白河 もう一つ、女性が子育てを機に仕事を辞めてしまったり、男性育休が進まなかったりする背景にあるのが、「母乳育児推奨」や愛着理論です。「子育ての主体は母親であるべきだ」という根拠についても、先生は「そうとは限らない」と指摘されていますね。

愛情を注ぐことさえできば、母親が24時間一緒にいる必要はないという

山口 はい。長い間、母乳育児は医学的な観点から非常によいものだといわれてきましたし、「母性の象徴」としてのイメージの定着もあって、日本でも推奨されてきましたが、各国の調査を調べていくうちに、ベラルーシで行われた実験プログラムが最も信頼性が高いと注目しました。96年からカナダの研究者の主導で、ベラルーシで無作為に抽出された病院で出産した1万人超の母子を対象に始まった追跡調査で、子どもの発育状態や健康状態を出生時から見ていて、最新の調査は16歳時点で実施されています。この調査によると、これまで母乳の効果としていわれてきたアレルギーや肥満防止、知能発達につながる影響は、ほとんどないことが分かったんです。

白河 母乳育児をしたくても母乳が出ない女性たちや、育児に奮闘する男性たちにとっても朗報ですね。ついに液体ミルクの販売が始まったことも、追い風になると思います。

山口 液体ミルクは買ってすぐに飲ませられるのでとても便利で、カナダでよく使っていました。災害時には命をつなぐ重要な役割を果たしてくれますし。

白河 「母親が子育てすべきだ」という愛着理論については、どんな検証がありますか。

山口 生後1年ほどの時期に養育者と親密な関係を築くことが重要ですが、その養育者は母親でなくてもいいといわれています。きちんと愛情を注ぐことさえできば、母親が24時間一緒にいる必要はないということですね。

白河 「生後1年」というのは、何か裏付けが?

山口 ドイツでは育休期間を1年超取れる改革をした前後で、子どもの発達の変化を調査したのですが、特に変化は生じなかったことが分かっています。つまり、育休期間が1年以内でも1年を超えても、子どもとの愛着形成に差は生まれなかったということです。

白河 育休期間を伸ばしたら愛着がより形成されるかと思ったら、あまり関係がなかった、と。母親以外の養育者、例えばパパや祖父母、ベビーシッターさんでも問題ないのですね。

山口 はい。「3歳児神話」どころか「1歳児神話」も否定できる結果だと思います(笑)。一方で、政策面で言うと、0歳児の保育にはかなりのコストがかかりますから、限られた国家予算の中で家族支援を継続していくには1歳になるまで家庭保育できる環境を整えたほうがいいという見方もあります。

白河 なるほど。では、育休を取ること自体が女性のキャリアはどう影響しているのでしょうか。

山口 私が日本のデータをもとに行ったシミュレーション分析になりますが、「女性が1年間の育休を取ることで、向こう15年間の所得が4割増える」という結果が出ています。つまり、育休を取ってキャリアを継続することが、生涯所得を増やす得策になる。また、専業主婦の再就職行動を観察してみると、前年に専業主婦だった人が今年、非正規の仕事に就く割合は10%、正社員になる割合はわずか1%しかないんです。いかに「仕事を手放すのが、リスクであるか」が分かりますよね。

白河 今は共働きといっても、ほとんどがパート主婦ですよね。女性もしっかりと生涯にわたって所得が維持できるようにして、ほかの先進国並みに男性との収入格差を縮めていかないと。それが結果的に少子化対策にもつながると思うのですが、日本の政策はなかなかジェンダー平等の方向に向かわないんですよね。山口先生が政府から「少子化対策に必要なことは?」と聞かれたら、なんと答えますか。

山口 やはり保育園の供給の充実でしょうか。今回の幼保無償化に関しても、子どもにお金を使う方向性が明確になったのは素晴らしい進歩だと思うのですが、供給が追いつかずに保育の質が落ちることが心配です。一番優先して考えるべきなのは、子どもへの影響です。保育の質を担保しながら、男性も女性も充実したキャリアを築ける社会を目指す。そんな道へと、これからの日本社会が進んでいくことを望みます。

あとがき:小泉進次郎議員の育休が話題になったころにインタビューしたため、男性育休についての話題から始めました。男性が子育ての初期に関わることは、その後の長い期間に影響することが分かりました。また男性が「人にどう思われるか」と育休取得をためらうことは世界共通でした。勇気ある世界中の「ファーストペンギン」のおかげで、それがだんだんに払拭されてきたのです。ぜひ小泉さんには政界におけるファーストペンギンとして「子育てと両立する姿」を見せてほしいですね。さまざまなデータをもとに「神話」や「呪い」を払拭していく山口先生との対話は目からうろこが落ちることがたくさんありました。子育てに関しては経験がある人が多いので、誰もが「自分の体験」から語りがち。しかし何ごとにもエビデンスを求めることは重要です。

白河桃子
少子化ジャーナリスト・作家。相模女子大客員教授。内閣官房「働き方改革実現会議」有識者議員。東京生まれ、慶応義塾大学卒。著書に「妊活バイブル」(共著)、「『産む』と『働く』の教科書」(共著)、「御社の働き方改革、ここが間違ってます!残業削減で伸びるすごい会社」(PHP新書)など。「仕事、結婚、出産、学生のためのライフプラン講座」を大学等で行っている。最新刊は「ハラスメントの境界線」(中公新書ラクレ)。

(ライター 宮本恵理子)

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