今井さんは、大坪校長が学園誌に寄せた文章を発見した。修学旅行のような集団観光旅行における「集団無責任体制」ともいうべき構造が、戦前の集団心理・没個性の風潮へと人々を押し戻すリスクと隣り合わせであることが指摘されていた。

「そんな大げさな」と笑う大人も多いだろう。しかし、約40年の時を超え、今井さんは大坪校長のメッセージを真摯に受け止めた。そこから彼の苦難が始まった。どこにでもある修学旅行を復活させるようでは、大坪校長の切なる願いを裏切ることになる。では、どんな形なら、武蔵らしい修学旅行が実現できるのか。

全員一緒の思い出はいらない

全校生徒を巻き込む議論となった。各クラスで行われた討議をまとめると、武蔵生の大多数が「思い出目当ての団体観光旅行は必要ない」という意見だった。40年以上前の修学旅行の文集にも、全く同じことが書かれていた。そこが武蔵として譲れない一線だと確認できた。

大講堂での生徒総会で、今井さんは次のように訴えた。「この修学旅行を船にたとえれば、まだ船の形ができてきた段階です。穴だらけだし、このままだと沈んでしまう。だけど、あともう少しで進むことができる。それができるかどうかは、あなた次第です」

意志決定は翌年の委員へと引き継がれた。そして18年度には「新しい修学旅行」が実施された。普通の修学旅行との違いはこうだ。今井さんの手記から要約する。

選挙で選ばれた旅行委員が教員と連携し、教員の得意分野をまとめて生徒に公表する。コース長に立候補する者は、それをふまえてコースを作成し、希望の教員に自分のコースのアドバイザーになってもらう。その後、コース長候補がコース担当の人員を集め、残った生徒は自分が主体的に参加できるコースを選ぶ。どこにも参加しないという選択肢もありだ。

個人の人間性、責任が厳しく問われる旅行である。それが面倒くさいなら、不参加でも誰も文句は言わない。そういうスタンスが、いかにも武蔵らしい。

修学旅行復活を発議した今井さんたちの代は、自分たちの活動のほとんどを修学旅行の復活に充てながら、修学旅行には行けなかった。彼らは、そうなることがわかっていて、その役割を引き受けたのだ。

今後、普通とは違う修学旅行に面倒くささを感じるたびに、武蔵生は先輩たちの熱い思いを感じることになるのだろう。

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武蔵高等学校中学校(東京都練馬区)
 創立は1922年。東武鉄道オーナーの根津嘉一郎(初代)が資金を出し、日本初の私立旧制7年制高校として開校した。「自調自考」が合言葉的に使われる。1学年は約160人。2019年の東京大学進学者数は22人。卒業生には、東大総長の五神真氏、早稲田大学総長の田中愛治氏、社会活動家の湯浅誠氏などがいる。

新・男子校という選択 (日経プレミア)

著者 : おおたとしまさ
出版 : 日本経済新聞出版社
価格 : 935円 (税込み)