2019/10/3

―― オリジナルの商品だけでなく、もっと他企業からの受注を広げようということですね。

大野 もともと父の構想としてあったようです。私が新卒で勤めた香料の会社は企業のオーダーメードをやっていたので、娘にはそのノウハウがあるから引っ張ってくればいいと考えたのではないでしょうか。当時はそんなことは言わなかったですけどね(笑)。大きな企業の仕事を引き受けることで、品質と会社の技術レベルを短期間で上げることができました。

「長く続いている企業なので、堅実経営というのが大きな要素としてありますが、新しいことにもどんどんチャレンジしていかないと変化についていけない」

看板商品のレモン石鹸を製造終了した理由

―― 会社のトレードマークでもあったレモン石鹸の製造を終了されたのも、大野さんの決断だったとか。

大野 今だからこそ「レモン石鹸、懐かしい!」と言っていただけますけど、10年前はそうでもなかったというか、売れないし手間はかかるし、丸いのでコロコロ転がるんですよ、作っている時に。工場からは、半分冗談で「いつまで作るんですか?」なんて言われたりしていました(笑)。レモン石鹸のおかげでマックスを認識していただくことも多く、今まで会社を引っ張ってきた看板商品なので感謝はしていますが、時代の変化にそぐわない商品になっていたんですよね。そこで過去にとらわれずに、製造を終了することにしました。

―― レモン石鹸の製造終了の他に、経営にはどのような苦労がありましたか?

大野 それまでマックスを支えていたのはギフトという柱で、お中元やお歳暮など企業間の贈り物に石鹸やボディーソープがよく使われていました。でも、時代の流れとともに毎年2割ずつ売り上げが下がり、経営状態も悪化していました。真面目にコツコツやっていれば、大きくはもうからないけど安定した事業だからと言われてきたものが、ライフスタイルの変化からみなさんの必需品ではなくなっている。社会に必要とされるにはどう変化していかなければいけないのか、次の100年を支える事業は何か、答えが見つからなくて悶々(もんもん)としていましたね。

闘病を機に会社の使命を考える

―― それを打開したきっかけが、自身の闘病だったそうですね。

大野 今後も必要とされる会社になるにはどうしたらいいか、その核がないと会社の方向性が定まらないと感じていました。悩みながらも社長に就任して半年たった2009年秋に子宮頸(けい)がんが発覚して、子宮を全摘出しました。病気になって今までできていたこともできなくなり、薬の副作用で人前に出られないほど肌も荒れてしまった時に、マックスの今までの商品では解決できなかったんですね。お風呂で体を洗う時にお湯で流すだけで、ヒリヒリと痛くて辛い。

そこで、ふと、病気が治って復帰できたら、真剣に肌と向き合った商品を作ろうと思ったんです。お客様の悩みを解決する商品を作る、それこそが社会から必要とされる会社のあるべき姿だと確信しました。そのためには絶対に病気を治して復帰したい。そこからマックスの新しいチャレンジが始まりました。

大野範子
マックス代表取締役社長。1973年大阪府生まれ。甲南大学卒業後、香料メーカーでの勤務を経て、1999年にマックスへ入社。約10年間、OEMの新規事業開拓を担う。2009年には、父である先代社長の体調不良によって、急きょ36歳の若さで社長就任するものの、直後に5回のがんの闘病生活に入り、入退院を繰り返す。2013年には完全に治療が終了して職場へ復帰。闘病生活の中で得た進むべき道、「肌の悩みを解決するための商品開発」に注力して、現在の経営基盤を支えるヒット商品を生み出す。その経営手法が評価されて、2018年に経済産業省の「はばたく中小企業・小規模事業者300社」や「地域未来牽引企業」などに選出された。

(取材・文 宇野安紀子、写真 花井智子)

[日経ARIA 2019年6月20日付の掲載記事を基に再構成]