日本ワイン戦国時代 最高評価は島根、岩手など新顔も
エンジョイ・ワイン(17)

国産ブドウから造る高品質の「日本ワイン」の人気が高まっているが、その日本ワインの勢力図が大きく塗り替わりつつある。日本各地に新しいワイナリーが続々とオープンし、これまで一般には無名だった島根県や岩手県の評価も、うなぎ登り。日本ワインは山梨県や長野県など一握りの伝統産地が評判を独占していた寡占時代から、群雄割拠の戦国時代に突入したようだ。
「大ショックです」。9月1日、久しぶりに再会した山梨県庁の職員は落胆の色を隠さなかった。
再会したのは甲府市内のホテル。そのホテルでは、「日本ワインコンクール」(7月に市内で開催)の入賞ワインを試飲できる公開イベントが開かれていた。1階の大広間は、全国から集まった大勢のワイン愛好家やワイナリー関係者の熱気であふれ、にぎやかな雰囲気に包まれていた。

日本ワインコンクールは、国内最大級のワインコンクールで、2003年から毎年開かれている。ソムリエや醸造学の専門家ら25人の審査員が、全国のワイナリーから出品されたワインを、欧州系品種、国内系品種など部門ごとにブラインド・テイスティング(ボトルのラベルを隠した試飲)で評価し、点数化。その平均点で、金賞や銀賞、銅賞などの受賞ワインを決める。各部門の金賞(金賞が該当なしの場合は銀賞)受賞ワインの中で最も高得点のワインは、「部門最高賞」も授与される。第17回となった今年は788銘柄が出品し、21銘柄が金賞、82銘柄が銀賞、210銘柄が銅賞を受賞した。
今年、ワイン関係者を驚かせた「事件」が起きた。「甲州部門」(2016年までは「甲州辛口タイプ」)の部門最高賞に、山梨県以外のワインが初めて選ばれたのだ。日本固有のブドウ品種である甲州は日本ワインの代名詞であると同時に、山梨県産ワインの代名詞でもある。実際、ワイン向けに生産される甲州の95%は山梨県産だ。それだけに、山梨県関係者の受けた衝撃は大きかったようだ。
「国内改良等品種赤 部門」の部門最高賞に輝いたのも、山梨県以外のワインだった。国内改良等品種は主に欧州系品種を日本の土着品種と掛け合わせるなどして開発した日本独自の品種で、代表が赤ワイン用の「マスカット・ベーリーA」。山梨県はマスカット・ベーリーAの全生産量の約6割を占める。同部門で山梨県以外のワインが部門最高賞をとったことは過去に何度もあるが、今年は甲州とダブルで部門最高賞を逃しただけに、知り合いの山梨県庁職員も、「ダブルショックです」と嘆いた。

甲州部門の部門最高賞を獲得したのは、一般にはほぼ無名の、島根県出雲市にある「島根ワイナリー」だった。受賞銘柄は「島根わいん 縁結(えんむすび)甲州2018」。試飲してみると、果実の香りが豊かでボディーもしっかりあり、たしかに部門最高賞を取っても不思議ではない味わいだ。ついでに言うと、販売価格1674円(税込み、9月1日時点)のこのワインは各部門の銀賞以上をとった小売価格2000円未満のワインの中で最高得点のワインに与えられる「コストパフォーマンス賞」も受賞している。
なぜ、ワイン産地としてはほぼ無名の島根でこんなにおいしいワインができるのか。ブドウの栽培は気候が大きく影響するが、降水量が多く日照時間が短い島根はワイン造りに適した気候とは言えない。同ワイナリーで醸造を担当する堀江博己さんに会場で聞くと、「原料ブドウは県内の契約農家から仕入れているが、収穫日をギリギリまで遅らせるなど、契約農家に全面的に協力してもらっていることが要因の1つ」との答えが返ってきた。
加えて、「島根の土壌は砂が多く、水はけが非常によいという点は、良質のブドウができる要素」と堀江さんは話す。自身も独学や研修会に参加するなどして、高品質のワインを造る技術を勉強してきたという。
堀江さんによると、島根ワイナリーはかつてはもっぱら観光客向けの甘口ワインを造っていたが、日本ワイン・ブームに触発され、高品質ワインの製造に本格的に取り組み始めた。そこからわずか数年で山梨県産のワインを抑えて部門最高賞を受賞したことは、まさに「下克上」と言える出来事だ。
国税庁の調べによると、18年3月時点のワイナリーの数は過去最高の303軒。2年間で23軒(約8%)も増えた。中でも、26軒から35軒へと35%も増えた北海道や、18年3月末までの1年間で6軒から9軒に増加した岩手県など、必ずしも高級ワイン産地のイメージのなかった地域の伸長が目立つ。数が増えているだけでなく、ワインに対する評価も上々だ。

新興産地で高品質のワインが生まれる理由はいくつかある。第1は地球温暖化の影響による栽培条件の変化だ。典型例が北海道。北海道は昔からワインの生産量は多かったものの、寒すぎて高品質のワインは造れないと言われてきた。しかし今や、赤ワイン用ブドウの世界最高品種とも言われるピノ・ノワールから、愛好家垂涎(すいぜん)のワインが造られるようになっている。今年、フランスの名門ワイナリー「ドメーヌ・ド・モンティーユ」が函館市内でピノ・ノワールの栽培を始めるなど、世界的な注目も浴びている。
逆に山梨県は温暖化による気温の上昇や降水量の増加が懸念されている。ブドウは乾燥した気候を好む上、気温が高すぎると高品質ワインに欠かせない酸味の低下を招くためだ。山梨県では現在、温暖化に適応できる新たな甲州種の開発を進めている。
第2の理由はワイン造りに関する知識が体系化され、かつ情報技術などの進歩で、知識の習得が昔に比べて格段に容易になったことだ。一例が、日本ワインコンクールの受賞の常連で愛好家の間で人気の高い、大分県宇佐市のワイナリー「安心院(あじむ)葡萄酒工房」だ。
醸造責任者の古屋浩二さんは2000年、三和酒類が同ワイナリーの開設を決めた時、三和酒類から醸造学で世界的に有名な米カリフォルニア大学デービス校に1年間派遣された。古屋さんはデービス校でワイン醸造の基本を学びながら、カリフォルニア州やオレゴン州のワイナリーで実際に醸造を経験。その時の経験が、今のワイン造りに生かされているという。
日本ワインコンクールの審査委員長で、独立行政法人酒類総合研究所理事長の後藤奈美さんは、「各地のワイナリーがワイナリー同士で勉強会を開くなど、一昔前に比べて情報交換が非常に活発になっている。また様々な輸入ワインを試飲したりコンクールで他社のワインと比較したりする機会が増え、高品質なワインを造ろうというモチベーションも高まっている。それらが、日本ワインの質の底上げにつながっているのではないか」と指摘する。
(ライター 猪瀬聖)
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