日経ナショナル ジオグラフィック社

ヘルメットに装着できるアクションカメラのメーカー「ゴープロ」は、アドベンチャースポーツのYouTubeチャンネルを持っているが、ウイングスーツ・ベースジャンパーによる接近飛行の動画は以前より激減している。多数の死者が出た2015~16年には、10本ほどの動画があったが、この1年は1本しか投稿していない。しかも、この1本は有名パイロット、ジェブ・コーリス氏の動画にも関わらず、わずか23万回しか再生されていないのが現状だ。ちなみにウリ・エマヌエーレが2016年8月17日に死去する約2カ月前、岩に開いた穴を通過した動画は、再生回数が1000万に到達していた。

米ユタ州モアブのベースジャンパー、アンディー・ルイス氏は「YouTube世代のウイングスーツ・ベースジャンパーが限界に達し、すでにオンラインで見られる以上のことをできなくなったのだと思います」と分析する。

フラット氏も「私は生徒たちに、『YouTubeでヒットを飛ばそうとすべきでない』と伝えています」と語る。「山の斜面を降下する(一人称視点の)動画は斬新で刺激的でしたが、もう目新しさはなくなりました。その後、人々が死んでいくことへの失望感に包まれ、今は『ここからどこへ向かうのだろう?』という状況です」

規制強化は助けになるか?

2019年7月18日、ノルウェーのスンダールで、400回以上のウイングスーツ・ベースジャンプを成功させているポーランドのジャンパーが命を落とした。この男性は1人で、ウイングスーツを装着している最中に崖から落ちたと見られている。救助ヘリコプターが出動し、遺体を発見した。

スンダール市長のストーラ・レフスティエ氏は、ベースジャンパーの権利は尊重するものの、規制が必要という声があるなら拒まないと話す。「ベースジャンプの全面禁止には賛成していません」とレフスティエ氏は述べ、全面禁止することは難しいことを認めた。ただし、「ノルウェーの法律では、救助活動が頻繁に発生し、救助隊員が危険にさらされる場所でのベースジャンプは禁止できることになっています」。地元の警察や救助隊から禁止の要請があれば応えると、レフスティエ氏は明言している。

仲間が見守るなか、スイス、トッゲンブルク地方のクラックから飛び降りるウイングスーツ・ベースジャンパーのジェシー・ホール。このスポーツが盛んに行われているのはスイス、ノルウェー、フランス、イタリアなどのヨーロッパ諸国。高い崖が多く、規制がほとんど存在しないためだ(PHOTOGRAPH BY WOODS WHEATCROFT, CAVAN IMAGES)

ノルウェー最大の崖である高さ約1100メートルのトロルベッゲンでは、すべてのベースジャンプが禁止されている。トロルベッゲンでは1984年、ベースジャンプの「父」カール・ボーニッシュが妻のジーン・ボーニッシュとともに、ベースジャンプの新記録を樹立した。その数時間後、ボーニッシュはまったく同じジャンプで命を落としている。その後も死者が続出し、1986年にはトロルベッゲンからベースジャンパーが締め出された。

米国では、国立公園でのベースジャンプは禁止されているものの、土地管理局と森林局の公有地では認められている。さらに、アイダホ州ツインフォールズのペリーヌ橋でも認められ、ウエストバージニア州ファイエットビルのニュー川渓谷橋は年1度だけベースジャンパーに開放される。

フランスのシャモニーも現在、ベースジャンプは禁止されている。32歳のロシア人ジャンパーが無人の別荘に激突し、命を落とした事故を受け、市長が一時規制を承認したのだ。

市民を「人間ミサイルの脅威」から守るために施行された規制はもともと、6カ月の期間を限定したものだった。しかし、3年近くたった今も解かれていない。擁護団体を持たないベースジャンプのコミュニティーだが、自主規制によって安全を確保しようと取り組むほかない。

ベースジャンパーたちは立ち止まっているわけではない。フラット氏をはじめとするフランスのジャンパーは、シャモニー市長や当局者と会合を重ねている。規制強化によって、ベースジャンパーが街に墜落しないことが確約されれば、秋にはエギーユ・デュ・ミディにウイングスーツ・ベースジャンプが戻ってくると、フラット氏は楽観視している。

フラット氏は、ウイングスーツ・ベースジャンプも、やがてはパラグライダーと同じ道をたどる可能性があると考えている。シャモニーではかつて、パラグライダーも禁止されていたからだ。装備が改良され、管理組織が自主的なガイドラインをつくったことで、パラグライダーはシャモニーの空に戻ることができた。

「今では、パラグライダーは家族で楽しむスポーツに近い存在です」とフラット氏は結んだ。

(文 ANDREW BISHARAT、訳 米井香織、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック 2019年9月16日付記事を再構成]