24時間営業やめたら増収 ロイヤルホストの働き方改革
黒須康宏ロイヤルホールディングス社長(上)
2018年に約25兆7000億円という巨大な外食市場だが、深刻な人手不足に直面している。そんな中、ファミリーレストラン「ロイヤルホスト」は24時間営業の廃止、元日を含む店休日の設定、19年からは従業員に「7連休取得」を推奨するなど、次々と働き方改革の手を打ち続ける。ロイヤルホールディングスの黒須康宏社長に聞いた。
SNSなどの環境変化で深夜の顧客が減少
白河桃子さん(以下敬称略) 人材不足を補うための働き方改革が、とりわけ緊急的に求められているのが飲食業界です。コンビニ業界の「24時間営業」も持続できるのか、注目を集めています。御社の主力業態であるロイヤルホストでは、17年1月に「24時間営業を廃止」するなど、営業時間短縮の施策を続けてきたそうですね。今日はその経緯と成果をお伺いしたいと思いますが、長らく続いてきた24時間社会から大きく舵(かじ)を切る戦略をいつから考え始めたのか、まず教えてくださいますか。
黒須康宏社長(以下敬称略) 営業時間短縮については、実はここ8年ほどで少しずつ進めてきた施策でして、中でも店舗の営業時間平均をマイナス1.3時間と、最も大幅に削減したタイミングが17年だったということです。
白河 それまではどのくらいの割合の店舗が24時間営業だったのでしょうか。
黒須 ロイヤルホスト全店のうち30%弱がそうでした。それをだんだん廃止して、17年1月に全店廃止する直前には、全国221店中2店舗のみが24時間営業という状況でした。ですから、一気にやめたというより、数年かけて徐々に減らしていった感じですね。現在の基本形としては、午前9時から午後12時まで。最近は午後11時半くらいにしている店舗も増えてきています。
白河 なぜ24時間営業をやめようと。いま、経済産業省の「コンビニのあり方検討会」の委員でもあるので、すごく興味があります。
黒須 背景の一つは、環境の変化です。コンビニエンスストアも24時間営業に参入していなかった昔であれば、24時間通じて飲食を提供する店舗には、早朝も深夜もたくさんのお客様に来ていただけました。しかし、今ではそういった場所も増え、以前ほどの効果はなくなったといえます。また、携帯電話やスマートフォンによる若者のコミュニケーションの変化、SNSの発達も環境変化の大きな要因です。これらによって、若い方々は深夜でも気軽にどこでも交流を楽しめるようになり、わざわざファミレスに集まる必要もなくなりましたから。
白河 たしかに、私が学生だった頃は、遅くにファミレスへ集まって友達同士でおしゃべりをしたり、朝方まで粘って勉強したりといった姿がよく見られましたよね。しかし、そういった需要は目に見えて減ったという変化がデータ上も表れていたということでしょうか。
黒須 はい。来客数の推移を見ていますと、深夜早朝時間帯は以前ほどご利用いただけなくなっているということは明らかでした。すると我々が考えなければならないのは、「では、この流れの中で、ロイヤルホストはどういうレストランであるべきか」というビジョンです。我々がこれから目指すべきレストランとしてのあり方、価値をしっかり実現していくために、24時間営業は本当に必要なのか。この根本的見直しから始まりました。
考えた結果、やはりロイヤルホストが大切にしてきたのは、「食とホスピタリティー」であり、おいしい料理と楽しい食事の時間を味わっていただくという価値である、と。
誰かが無理をするモデルは持続可能ではない
白河 ビジョンに照らし合わせた結果、24時間営業廃止の方向性が決まったということですね。
黒須 一方で、オペレーションする側の論理もありまして、やはり早朝深夜時間帯に働き手を集める苦労はずっと感じていたことでした。
白河 苦労されるというのは、具体的には何時から何時までを指しますか?
黒須 終電がなくなってから始発が動き出すまでの時間帯ですね。私自身も学生時代に3年間、ロイヤルホストでアルバイトをしていましたし、入社してからも店舗に長くいた「現場大好き人間」ですので、現場の従業員にどれだけ無理が出ているかはよく分かっているつもりです。
従業員と話すのも好きなので、社長になってからも、ちょくちょく店を訪れていまして、店長や料理長から様子を聞いていたんです。すると年々、「人が集まりづらい。特に早朝深夜は」という話が出てきていました。
白河 現場の声としても挙がっていたんですね。足りない分を埋めあわせる労力だけでも大変ですね。
黒須 実際、その時間帯に急な空きが出てしまった場合に代わりの人員が見つからないときには、店長や料理長が勤務時間を延長せざるを得なかったりするんですね。手前味噌のようですが、外食で働く人間というのは、「お客様に喜んでいただきたい」という思いが強いタイプが多いんです。その思いの強さゆえに、過剰に無理を抱えてしまう傾向はある。また、土日やお盆、正月といった、世間が休みの日に営業することが売り上げ増にもつながるという業界としての構造もあります。
白河 日本はお客様中心のサービス提供が得意といわれてきましたが、特に飲食業界では過剰なほどのサービス精神が求められがちですよね。
黒須 しかし、自分たちが無理をするモデルというのは決して持続可能とはいえませんよね。ですから、どこかで「無理を取り除く」という方向で転換をしないといけないと考え、私が社長に就任した16年からより本格的に営業時間改革を進めるようになりました。そのほうがむしろ、お客様へ提供できる付加価値が上がるのではないかと発想したのです。
顧客満足と従業員満足のバランスをどう取るか
白河 まさに発想の転換ですよね。多少無理をしてでもお客様を優先するのが当たり前だったスタイルから、無理を減らすことでサービスの質を高めていこうというスタイルへ。
黒須 はい。しかしながら、この判断は非常に難しかったですね。目の前の数字で試算すると、年間7億円の売り上げがなくなることが分かっていましたから。
白河 7億円は大きい! 営業時間削減によって売り上げが減るだけではなく、その時間帯に来ていたお客様を他店にとられるという心配もあったと思います。コンビニ業界に伺っても、やはり「うちが休めば、通りの向かいのライバル店に客を取られる。敵に塩を送るようなことはできないから、24時間営業廃止には踏み切れない」という話をよく聞きます。
黒須 CS(顧客満足度)とES(従業員満足度)のバランスをどう取っていくべきかのせめぎ合いですね。しばらく悩みましたが、「ESが向上した従業員は、きっとCSを向上させてくれるだろう」という判断で、大きな決断ができたと思います。
白河 これまでの日本のサービス業界ではなかなか踏み切れなかった決断ですよね。3年ほど前、政府の委員会で同席したスウェーデン企業の方が「お客様も従業員も幸せに」とおっしゃった時にとても新鮮な印象を受けました。日本は「お客様の幸せ」しか言わないので。
黒須 バランスはよく考えないといけないと思います。店休日も年間3日間に増やしたのですが、お客様には「せっかく行ったのに、営業していなかった」などとご迷惑をおかけすることになるんです。でも、そこにすべて答えようとしても、先ほど申し上げた付加価値の向上には必ずしも結びつかない。営業時間の総数を減らした分、ランチタイムとディナータイムにしっかりと満足いただける食事を提供することに集中する。ESとCSを同時に高めていく方法を探っていけば、理想的な姿に近づくのではないかと信じています。
白河 ご自身も店舗経験が長かったとのことですが、やはり現場の負担は大きかったと感じますか。
黒須 早朝深夜で突然空いたシフトの穴埋めを自らしないといけない負担は相当だったと思います。また、365日24時間稼働しているということは、常に機器の故障やなんらかのアクシデントが起きる可能性が頭の片隅にあって、精神的なストレスにもつながります。そういった負担から少しでも解放してあげられないかとは、ずっと考えてきましたね。
白河 ご自身にもそういうご苦労の経験があったのですね。24時間営業が従業員に与える心理的な負荷も考えるべきなんですね。
黒須 店長時代には、深夜に店から緊急の電話がかかって跳び起きることが、年に数回はありました。店休日に関しても思いきって「元日には営業しない」ということも始めまして、お客様にはご不便をおかけしているのですが、従業員から好評ですね。
白河 これも大英断ですよね。元日といえばファミレスのかき入れ時であるはずなのに。
黒須 それまではずっと元日営業が当たり前でしたので、社内からも驚きの声があがりました。「初めて元日に家族と初詣に行きました」とか「元日に初めて、親戚に新年のご挨拶ができました」といった声が結構聞かれて、うれしかったですね。従業員の満足がお客様の満足につながる、という信念をぶらさないことが非常に大事な点だと思っていました。
白河 そしていよいよ成果を伺いたいのですが、「7億円の減収になる」という見込みは大きく外れたのだとか。
黒須 逆に7億円の増収になるという結果でした。これには私もちょっと驚いたのですが、明らかな変化は現場から起きていました。店舗を回ると、店長や料理長から「ありがとうございます」と声をかけられるんです。「その分、お客様にはより良いサービスと料理を提供していきます」と。まさにESとCSのサイクルが少しずつ回ろうとしているという実感はすぐに持てました。
白河 売り上げが増えたのはどういう理由だったのでしょうか。
黒須 営業時間短縮後に起きたのは、ランチタイムとディナータイムの売り上げの増加です。それまで早朝深夜時間帯に来てもらっていた働き手が、単価の高いランチやディナーの時間帯に入ってくれるようになったことで、サービスの価値も上がったのではないかと思っています。
例えば、同時期に商品戦略として投入したメニューに「ギャザリングプラッター」という商品がありまして。これはワンプレートにステーキや海老などを盛り付けた一皿2800円ほどする商品で、ファミレスの価格帯としては相当高いはずなのですが、お客様から継続的なご支持をいただけているんです。高価格帯の商品というのは、価格以上の価値を見いだしていただけなければ、リピートはしていただけません。17年の投入以来、この商品が毎回好評をいただいているというのは、我々が提供できている付加価値が向上しているという印ではないかと捉えています。
白河 たしかに、心から満足できなければリピートはできない価格ですよね。
黒須 価値の考え方について、私はよく社内で「V=QSCA/P」という方程式を話すんです。それぞれ、Value(価値)、Quality(品質)、Service(サービス)、Cleanliness(清潔さ)、Atmosphere(雰囲気)、Price(価格)の略なのですが、これらQSCAをすべて掛け合わせた総量が価格を上回らなければ、お客様に伝わる価値にはつながりませんよ、という意味です。今回の増収の結果は、価値を高められた成果だと自負しています。
白河 もともとロイヤルホストはファミレスの中でも高価格帯で差別化されていたと思いますが、より差別化が進んだということでしょうか。
黒須 そうですね。お客様もかなり使い分けをされているのではと思っていますが、私どもの店には比較的年齢の高いお客様が多く、ご夫婦やお孫さんを連れての三世代でゆったりと食事を楽しんでいただけているシーンはよく見られます。
(次週公開の後編では、働き方改善のためのIT(情報技術)活用、女性社員が働きやすい環境や制度の導入、外国人従業員の雇用などについてもお伺いします)
少子化ジャーナリスト・作家。相模女子大客員教授。内閣官房「働き方改革実現会議」有識者議員。東京生まれ、慶応義塾大学卒。著書に「妊活バイブル」(共著)、「『産む』と『働く』の教科書」(共著)、「御社の働き方改革、ここが間違ってます!残業削減で伸びるすごい会社」(PHP新書)など。「仕事、結婚、出産、学生のためのライフプラン講座」を大学等で行っている。最新刊は「ハラスメントの境界線」(中公新書ラクレ)。
(ライター 宮本恵理子)
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