日本経済ってヤバイの? ビリギャルが伊藤元重に聞く
ビリギャルが専門家にツッコミ 経済学(前編)

わたしなんかは「経済って何?」ってところからよくわからない。でも、「日本の経済はなんだかヤバいらしい」という空気感だけは察知している。本当はどのくらいヤバいのか? 経済学の第一人者である学習院大学の伊藤元重教授に聞いてみたよ。
――経済……。経済学部じゃなかったし、学校では教えてもらってない気が。経済とはなにかを聞かれてきちんと答えられる大人って少ない気もするけど、わたしだけ?
「そうなんですよね。本当は小学校くらいから経済を教えるべきだと思うんですよ。例えば、算数で金利計算をするとか」
――大学卒業して社会人になって、ようやく勉強が日常に直結してることが分かってきたけど、学生のときは勉強=テストのための暗記だと思っていた。というわけで、ずばり聞きますけど、日本経済はけっこうヤバいんでしょうか? 日本は破綻するって言っている人がいるけど、それは本当のこと?
「えっとね、いきなり本日の結論なんですけど、経済のメインメッセージは『今までに経験したことがないことがいつでも起こりうる』なんです。だから、まあ半年は大丈夫かもしれないけど、その先はわからないなあ。10年後とか15年後に何が起きるか、見通すのは難しいのです」
――え。先生でもわからないものですか?
「1970年代、さやかさんが生まれるよりだいぶ前のことだけど、2回の石油ショックが起きました。1回目は1973年で、74年には消費者物価指数が23%も上がりました。1979年には2回目の石油ショックが起きました。なんでこんなことが起きたか知ってる?」
――23%も!!!それやばくないですか?給料はそのままでですよね?どうやって物買ってたんだろう……。
「2回目の石油ショックなんかはね、イランにパーレビという国王がいてね、親米派で独裁政権だった。ところが革命がおきてホメイニという反米の宗教指導者がトップになったわけ。イランは産油国だから、この革命がきっかけで原油価格が一気に上がっちゃった。それで、日本のいろんなものの物価がまた急上昇したんです」
――イランってめちゃくちゃ遠いですよね?アメリカとの話だし、日本には影響なさそうなのに……。
「遠くても経済は世界中がつながっているからね。今もイランの南のホルムズ海峡でイランと米国がもめてます。それ以外にも、中国と米国ももめてるでしょ」

――あの、関税がどうのっていうやつですね。中国とアメリカは、日本と関わりが強そうだから、私みたいな一国民の生活にも影響を感じちゃうぐらいになったら、なんか怖い。
「そんなことを毎日考えてると眠れなくなるから、あまり考えないようにするのがいいのかもしれませんけど、経済の世界ってそんなものなのです。現状がずっと続く社会はありえない。だから、ギリシャやアルゼンチンが破綻寸前になっても、中東で何が起こっても、あまり困らないようにしないといけない。それが政府が必死で取り組んでいる経済の政策なんです」
――なるほど……。それで先生、日本の経済は大丈夫なんですか?政府が取り組んでいる政策って、ちゃんと効いてるの?
「私は世界全体でみたら、今の日本の取り組みはそう悪くないのかなって思ってます」
――でも、日本は借金が毎秒増えてるんじゃないですか。
「借金はたしかに増えてるんです。ちょっと専門用語を使いますよ。国の税金より、使うお金がいくら多いかを示すのが財政赤字ですよね。その分は国が借金してしのいでいます。日本は約30年前の1990年代初頭にバブルが崩壊してから、税収が減った時期があったから借金が増えてしまい、借金の総額をあらわす債務残高は国と地方を合わせて1000兆円にもなるんです」
――ちょっと待って。借金って誰に借金してるんですか。
「国民です」
――私? 貸してるの?
「さやかさんは直接貸したと思っていないかもしれない。でも、さやかさんはお金を銀行に預けるでしょう? そのお金、銀行は金庫に置いたままにしても増やせないから、利子がつくもので運用します。それが国債。国が10年後とか20年後には利子をつけてお返ししますと約束して、国がお金を借りる制度です」
――気づいたら私のお金で国債を買っていたって、びっくりだ。返してもらえるの?
「返してもらえますよ」
――それはお年玉袋みたいなもので?
「自分の分を返してもらうには、銀行からお金をおろせばいいわけです。あと、将来的なことをいえば、将来の世代が納める税金が増えれば、国は借金を返せますね」
――少子化で税金納める人数も減ってるし、ミラクル起きないと難しい気がしちゃうなあ。しかし借金1000兆円なのに、今はまあまあうまくいってるってどういうことですか?
「ひと言でいうと、6年前より景気が良くなってきてるんです。2012年と比べてみましょう。当時、完全失業率は4%台でしたが、2018年は平均2.4%でした。株価もみましょうか。日経平均株価は12年に8200円台に下がったこともありましたが、18年はおおむね2万円台でした」
――なるほど。失業率が低くなると働き手が増えるし株価も上がると税金で入ってくる金額が増えるよね。景気が良くなるってそういうことか!
「その通り。そうすると、GDPが成長します」
――出た。GDP。よく聞くやつ。経済は略語が多いですよね。
「GDPは国内総生産の略。GDPは国の経済活動の規模を表す指標です。ニュースなどで景気が良くなったとか悪くなったというときには、GDPが成長したか縮小したかを見ています」
――最近は成長しているんですか。

「物価の動きも含めた名目GDPで比べてみましょう。2012年度は500兆円を下回っていたのですが、18年度は550兆円です。ここで、さきほど言った1000兆円を思い出してください」
――日本の借金の合計額ですよね。
「日本が1000兆円の借金をしているんだけれど、一方で、経済が成長していたら、どうなると思いますか?」
――なんとなく、日本がちょっとずつ強くなっていく感じがする。借金もちょっとずつ返すための体力をつけるために筋トレしてるイメージ?
「重い荷物を支える力が強くなっているから、少しずつ安定していくということになりますよね。これを表すのが、債務残高の対GDP比率という指標です。分母がGDP、分子が債務残高で計算します。18年度は200%でした。つまり、借金がGDPの2倍ってことです。これから、この数字は少しずつ下がっていくと予測されています」
――でもさすがに、1000兆円ってでかすぎてなかなか減らなそうだけど。
「一気に借金を減らすことはかなり難しいです。これをもし数年で減らそうと思ったら、消費税率を25%にするとか、医療、介護、年金に国が出しているお金をすべて無くすとか、それくらいの強烈なことをしないと返せません。でも、文明社会でそんなことできないですよね。そこで、GDPを少しずつ成長させて、借金はあるけどちゃんと支えている状態をつくろうとしているのが、今の日本です」
――なんとなくわかってきたんですけど、まだ気になる。財政破綻ってどういう状態をいうんですか。
「破綻っていうのは説明がすごく難しいんです。日本も過去に破綻したことがあるんですよ」
――え? いつですか。
「第2次世界大戦後の混乱期です。財政破綻というのは、その国の信用を失うようなことが立て続けに起きて、その国の国債が全然買われなくなるような状態のことをいいます。国債の金利をどんなに上げても買ってもらえなくなっちゃうわけです」
――そうなったら借金もできなくなる。
「さきほども言ったように、少しずつGDPを成長させながら、国債を買ってもらえないような事態にならないように気をつけて、債務残高のGDP比率をできるだけ下げていこうというのが、今行われている財政の政策なのです。そういう意味では、ここ6年くらいは、十分とは言えないけれど、少し良くなってきたなとみています」
――先生からそういうお話聞けるとホッとする。課題はあるけど、ちょっとずつ日本経済も回復してきてるってことなんですね。「日本経済ヤバそう」っていうイメージが少し変わりました。
「その通りですね。何事もまずは知ることが大事ですね」
1951年生まれ。74年東京大学経済学部卒、79年米ロチェスター大学経済学博士号取得。専門は国際経済学。東京大学大学院教授を経て2016年から学習院大学国際社会科学部教授。東京大学名誉教授。2013年から6年間にわたり、経済財政諮問会議の議員をつとめたほか、税制調査会委員、復興推進委員会委員長なども歴任している。著書に「入門経済学」(日本評論社)、「ゼミナール国際経済入門」(日本経済新聞出版社)など多数。
1988年生まれ。「学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶応大学に現役合格した話」(坪田信貴著、KADOKAWA)の主人公であるビリギャル本人。中学時代は素行不良で何度も停学になり学校の校長に「人間のクズ」と呼ばれ、高2の夏には小学4年レベルの学力だった。塾講師・坪田信貴氏と出会って1年半で偏差値を40上げ、慶応義塾大学に現役で合格。現在は講演、学生や親向けのイベントやセミナーの企画運営などで活動中。2019年3月に初の著書「キラッキラの君になるために ビリギャル真実の物語」(マガジンハウス)を出版。4月からは聖心女子大学大学院で教育学を研究している。
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