渋谷名店の味、ファンが復活支援 揚げたて排骨担々麺
2018年11月、東京・渋谷の老舗ラーメン店「亜寿加(あすか)」が、駅前の再開発に伴いその51年の歴史の幕を閉じた。その名店の味をなくしてはいけないと立ち上がったのが、同店の長年のファンだった笹田隆さん。飲食店の開店支援で知られる上昇気流(東京・渋谷)の社長だ。「『亜寿加』は渋谷の文化。これを継承していかなくては」と、同店の店長だった原子力さんと共に、「亜寿加」の味を引く継ぐ店「Renge no Gotoku(レンゲ ノ ゴトク)」を19年7月8日、元の店の近くにオープンした。店名には、「泥の中に育ちながら、そこから伸びて美しい花を咲かせる蓮華(ハスの花)のような店にしたい」という、笹田さんの思いが込められている。
新店の店長となった原子さんが初めて「亜寿加」を訪れたのは約11年前。たまたま知り合いが同店に勤めていたことが、きっかけだった。当時ステーキ店で働いていた原子さんだが、同店名物の「排骨(パイクー)担々麺」に強い衝撃を受ける。
「単なるラーメンじゃないな」
「排骨」とは豚肉に衣を付け揚げた料理の一種だが、「亜寿加」の担々麺にはボリュームたっぷりの揚げたて排骨が載っていたからだ。排骨を食べたのは初めてで、非常な満足感があり「面白い」と引き付けられた。すぐに同店で修業しようと決めたが、「普通の担々麺を出すお店だったら、いくらおいしくても『亜寿加』で働くことはなかった」と原子さんは振り返る。
「Renge no Gotoku」のメニューは基本的に「亜寿加」と同じ。しかし、単純に引き継ぐだけでなく、改良できる部分はないかと笹田さん、原子さんらは細かく見直しをした。例えば、看板商品に使われる排骨は肉のグレードアップを図り、10種ほどの豚肉を検討。結果、オオムギを中心とした飼料で育った「大麦仕上三元豚」を採用した。19年、国際味覚審査機構の優秀味覚賞「三ツ星」を受賞した肉だ。「『亜寿加』時代より排骨には肩ロースを使っているのですが、新しく使い始めた肉は脂の甘みが強い。そこに魅力を感じました。肉好きの人にはたまらないはず」と原子さんは自信をのぞかせる。
担々麺のスープに欠かせないゴマペースト、芝麻醤(チーマージャン)作りは、機械焙煎(ばいせん)から手焙煎に変更した。手作業でゴマを焙煎し、香りを出してからチョッパーで細かくすり潰す。粉の状態になったら、180度の油と合わせ練り上げれば「Renge no Gotoku」の自家製芝麻醤の完成だ。
「手焙煎は、香りの立ち方が違う」と原子さんは胸を張る。「丁寧な作業をすることで、ゴマの味がしっかり油にからんで、スープに溶けたときおいしくなる。油の量が多すぎたり少なすぎたりすると風味が変わってしまうので、気を使います」と言う。
同店の担々麺のスープは、この芝麻醤や数種のトウガラシをブレンドした自家製ラー油を、丸鶏、豚ガラ、野菜などをベースとしたスープに合わせて作る。「芝麻醤のコクが過度に出ると、担々麺独特の辛みが消えてしまうんです。だから、風味のバランスが最もいい状態を考え、お客様にお出ししています。『亜寿加』時代、常連さんから『ゴマ増し』というオーダーが結構入ったんですが、ゴマが多すぎるとバランスが崩れる。だから、レギュラーが一番おいしく担々麺を召し上がっていただけるんですよ」と原子さんは薦める。
さらに「Renge no Gotoku」では、ラーメンの味を大きく左右する麺まで、改めて「本当にこれがベストか」とスタッフで試食を繰り返したという。「3週間試食を続けて、6キロ太った」と笹田さんは笑う。結果は、元の麺のままが一番おいしいと再確認。唯一、冷麺に使う麺のみ、常連でなければ気が付かないぐらい、わずかに太くしたそうだ。
「排骨担々麺」に使われる麺は「生きた麺」であると原子さんは言う。温度や湿度に敏感な「生きもの」なので季節によって調整するが、湯がく時間はわずか1分半前後。芯まで完全に火を通さず少し硬いぐらいの状態で提供する。「完全に火を通すと、初めはちょうど良くても、食べ終わる頃に伸びてくる」(原子さん)からだ。その言葉からは、丼一杯にかける熱い思いが伝わってくる。
調理へのこだわりは、肉の扱いにもにじみ出る。豚肉は自家製ダレで味を付けた後、衣をしっかりからませてから揚げるのだ。「しっかりからむと衣がサクッとするだけでなく、スープにつかった面からスープに脂が入る。『排骨担々麺』は、この2つのバランスがあるからおいしい」と原子さん。「例えば、かけそばだと物足りないように思いますが、天ぷらを1つ載せると油がつゆににじみ出てすごく香ばしくなるでしょう? それと同じなんです」
ジュウジュウという音を立てる揚げたての排骨を手際よくバンバンと切ってラーメンに載せる。その瞬間、ジュワッと音がしてスープが泡立つ。「それが『排骨担々麺』の醍醐味」と原子さんは言う。
さて、「Renge no Gotoku」で「排骨担々麺」に次ぐ人気は、「排骨塩ラーメン」。塩味のすっきりスープに、排骨が載ったメニューだ。同店では、「亜寿加」にはなかったトッピング類を4種用意しているのだが、中でもパクチーが人気で、「排骨塩ラーメン」のパクチー載せは笹田さんもお気に入りのメニューだそう。
同店には、「亜寿加」で無料で提供していた漬物、ピリ辛の高菜漬けもカウンターに置かれており、これが塩ラーメンにぴったり。青トウガラシを使ったピリ辛漬けは、担々麺と合わせるよりも味わいが引き立ち、ラーメンに変化を付けるのにうってつけなのだ。
「Renge no Gotoku」では、「亜寿加」にあったメニューのラインアップを忠実に踏襲。今後は、オープン時のメニューからは外していた排骨味噌ラーメンなどもお目見えする予定だ。「今まで何店も居酒屋を手がけてきたが、ラーメン店は初めて。新しい発見があって毎日が楽しい」と笹田さん。従来は男性客中心だったが、新しい店では週末に訪れるカップル客も多く、4割は女性客だそう。「渋谷のソウルフード」(笹田さん)は、新しい客層にも受け継がれていきそうだ。
(フリーライター メレンダ千春)
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