19年になって、『和牛のギュウギュウ学園』『ギュッとミュージック』(共に関西テレビ)、『断ちごはん~和牛もいただきます~』(BS日テレ)という3本の冠番組がスタート。2本が関西ローカル、もう1本がBS波である。

川西 冠番組は芸人をやっていたらやはり意識するものですし、僕らもそこを目指してやってきたので、めちゃくちゃうれしいです。

水田 やっぱりコンビ名が番組名に入るのは特別ですよね。子どものときに『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』を見て育ったので。いつか『和牛のやるならやらねば!』をやりたいなと。

川西 今日は内村さん軸でいくの?(笑)

水田 関西の番組が多いですが、もともと関西でやっていこうとか、東京でやっていこうとか考えず、東京の仕事が増えたから東京に出てきただけなので、そこは気にしていないです。僕らはどこでやろうが、一番大事にしたいのが漫才というのは変わらないので。

川西 たくさんの人に見てもらいたいと思いますけど。どこでやるかよりも何をやるかですね。

『M-1』に縛られた2年前

18年の『M-1グランプリ』では1票差で霜降り明星に敗北したが、3年連続準優勝は、彼らだけが成し得ている成績だ。2人にとって『M-1』とは。

川西 コンビ結成当初は単純に大好きなテレビ番組の1つで、憧れの舞台として見ていました。決勝に残るまでの道のりは長かったですね。コンビを組んでから何年かして関西の賞レースで決勝に残れるようになりましたが、そのあと12年くらいに1回スランプもあったんです。何をやってもうまくいかなかった。

水田 漫才でなかなか結果が出ないんで、相方と社交ダンスでもやろうかと思ってました。

西 まだウンナンさんでいく?(笑)。それで、13年頃からやり方を変えて、水田の細かい性格もネタに生かしたんです。そしたら周りの芸人が面白がって、自分らもどんどん楽しくなって。

水田 ネタ番組に呼ばれるようになったのもその頃です。

川西 それでようやく関西の賞レース(上方漫才コンテスト)で優勝できて、『THE MANZAI2014』でファイナリストに入って、初めて『M-1』の決勝に行けたのが15年。

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