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キャリアの原点

リクルートでの営業が背骨に 公民の架け橋夢見る 四條畷市副市長の林有理氏(下)

2019/8/13

――きつくても続けようと思ったのは?

「入社1年目の終わりから2年目の初めにかけて、更地からニュータウンが立ち上がるまでの全プロセスを担当しました。全部で約60戸の街が出来上がるまで、毎日、現場に通いました。街が完成していく過程を写真に撮り、クライアントに見せて、このショットがいいから広告に使いましょう、などと営業をかけていました。最終的に家が建ち、街が完成したところへ人が入り、暮らしが始まる。その街並みの写真を撮りに行ったとき、自分の仕事の意味を深く考えさせられました」

「夕暮れ時、家々の明かりがともり、ランドセルを背負った子供たちが帰ってくるようなタイミングでした。夕ご飯の支度をしている匂いも漂ってきました。その時に、『ああ、私、この仕事が天職かもしれない』と思いました」

「その街に暮らす人の中には、私が練ったコピーを見て集まってきた人たちもいます。ランドセルを背負った子供たちは少なくとも、高校を卒業するぐらいまではここで暮らすのだろうと思いました。若夫婦はおじいちゃん、おばあちゃんになってもここで暮らし、巣立っていった子供たちの帰りを待つ。いろんなことが頭の中に浮かんできて、そこに立っているだけでうれしくなりました。じつは、今でも時々、その現場には行くんです」

四條畷市は大阪の都心部に電車で30分程度の近郊住宅都市=PIXTA

「その現場を通じ、作り手の思いなどもだんだんとわかるようになりました。単なる広告の営業をしているだけだと思っていましたが、作り手と住む人の架け橋にならないといけないというような気持ちも芽生えました。更地から街が立ち上がり、元気になっていく様子を目の当たりにして、自分もその一つの役割を担っているのだということに感銘を受けたんです。そこから住宅の仕事がとても好きになりましたし、そういう思いを持って広告を作っていたら、東京で企画編集の仕事をすることになりました。結局、関西では3年間、営業を担当しました」

――マネジメントの経験は?

「住宅情報誌でチームリーダーをしていたころが一番、学びが大きかったですね。当時、マネジメントにマインドマップを使っていました。自分の名前を中心に置き、『私とはいったい何か』を3カ月もしくは半年に1回、全員に書かせ、それをみんなの前で発表してもらいました。マインドマップを描くことにより、メンバー自身が自分で自分を把握できるようになるのです。その時の自分の姿、課題感、作りたいと思っている未来が、すべてそのマインドマップに表れる」

「人によって書き方も違っていて、人という軸で描く人もいれば、好き嫌いで描く人もいます。仕事、プライベート、友人、家族という形に分ける人も。左右の分け方一つでも全然違う。発表後、全員分を集めて持っておいて、次回発表の際に見返して、そこからどう変わったかの振り返りの材料にしていました。スランプに陥っているときはぐちゃぐちゃなのに、乗り越えたらスッキリしたマインドマップに変化することもあります」

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