困難や生きづらさを乗り越えるための「総括」

「『女』として生きる上での厄介な問題はもちろんのこと、人間としての孤独は誰しもありますよね。後者は男女で出現の仕方が異なる場合もあり、そこが意思疎通の不可能性を高めもしますし、夫(妻)が妻(夫)の気持ちが分からず、お互いに孤独を感じる要因にもなる。でも互いを人間として理解しようと試みることはできるはずです。告発や糾弾ではなく、人間理解にいたる物語を書きたいなと思ったんです」

本書の構成は独特だ。時系列で書かれるのではなく、子育てに疲れ、自分の仕事上の立場の不安定さに疲れ、仕事を辞めたい……と夫に訴えるシーンから幕を開ける。続けて子育ての話に移るのだが、そのまま現在の話がつづられるのかと思いきや、次に描かれるのは小学校時代の「孤独」の話。しかしすぐに出産の話になり、次には幼少期の話に戻り、第1子との別れ、そして夫とのエピソードに移る。時系列を崩してあるからか、読みながら無意識的に自分の体験を重ねてしまい、記憶が揺さぶられる。

「実は当初は茅ケ崎の家で、家出をした子どもの頃のエピソードから書き、比較的時系列に進めていたんです。でもそれだと、読者の記憶に作用しにくい。私たちは同じ体験を人生のうちに何度も何度も振り返り、記憶をたどる。そうして幾度も振り返ることで新たな気づきを得ます。例えば死産した『珠(たま)』のことも、本書の中だけで2度振り返っていますが、2周目に初めて出てくる真実がある。はじめは、母としての静かな悲しみしか見てとれないかもしれない。しかし、ふたたび振り返ることで今度は悲しみの内にある自分を離れたところから見つめ直すことができる。そこで表れるのは、物事から距離を置いて初めて見えてくる人間のどうしようもなさであり、痛みであり、孤独です」

三浦さんが言及した「振り返り」の作業は、彼女が経験してきた困難や生きづらさを乗り越えるための「総括」にもつながる重要なキーワードだ。

第1子を死産したあと、乗り越え方は人それぞれあることを学んだと三浦さんは言う。三浦さん自身は第2子を授かったあと、妊娠6、7カ月までは毎晩のようにうなされた。それを乗り越えたきっかけは何だったのか。それは、自分の体験を「総括」することだったと三浦さんは話した。

「第2子が健康に生まれたことは、お子さんを喪(うしな)った方々のなかでは比較的恵まれていたのだと思いますが、再びおなかの子を喪ったらどうしよう、という恐れを克服するには、自分が恐怖をそのままに受け入れる必要がありました。どんなに心構えをしたところで、愛する者を喪う心の準備をすることはできません。私はただ無防備に子どもを愛することしかできないのだということを受け止めることで、恐怖を乗り越えたのだと思います。思えば、私は常に自らの人生を振り返り、自省を繰り返してきました。自分の中にある母性を見つめ直すこともそのひとつですし、死に対する恐怖を自覚する過程も必要なことでした。人間ですから、他人に対する恨みつらみもあれば、期待や失望もある。夫と分かりあい、真に心がつながった連帯感もあれば、夫が産後、日常に復帰していくときの違和感もありました。さまざまな思いは時を経て、波に洗われた小石のようになだらかになっていきます。そして、いまを生きることができるようになったのです」

14歳の時に遭った性被害──自分の体験を、娘にも伝えた

本書の中では、14歳の時に遭った性被害についても語っている。「初めての経験」という章においてだ。

「この子(三浦さん自身)はなぜこれほど不安定でフラフラしているんだろうということを、付き合っている子との関係性や大学の頃の恋愛の形などで感じると思います。でもその理由の一部は、考えてみれば、(性暴力)事件に行きつくところはある。不安だったり、人を信じられなかったりした理由もおそらくそこに行き着くだろうと思います。消えてしまいたい、死にたいと思うことも多かった」

でも死を覚悟した恐ろしい経験は、結局は三浦さんの「生きたい」という気持ちを殺さなかった。

「食べ物がおいしいとか、家族と仲良くしていて楽しいとか、自分が何かをやりたいという自由を求める感情はあった。高校生になってからはもう少し自由が与えられ、ちいさなことでも自己決定することの喜びを知る機会が増えていきました」

三浦さんは出版後のあるインタビューで、その体験によっていまの私という存在が定義されているわけではなく、そうした被害によって私の人生の行く末が決まってしまうという人びとの見方にあらがってきた、と答えた。高校生以降の三浦さんはどんなふうに生活していたのだろうか。「完全に乗り越えるのには時間がかかりました。人との関わりにおいてもやはり距離を置きがちでした。けれども、自己決定する領域を開拓することで、徐々にですが、自我を確立していくことができるようになりました」と言う。

「ただ、同級生と話していても、話はやはり合わない。私の体験を共有し理解してくれる人もいなかった。そのなかで救いとなったのは本でした。本の中に逃げ込み、自分の世界を創り出すという意味でもそうですし、登場人物や作者など、過去の人びとの言葉や思想に支えられた部分も大きかったのです。リアルな人間関係で助言が得られなくとも、自分の糧を本の中に見つけることができたのは幸いでした」

もちろんすぐに乗り越えられたわけではない。「夫との関係性は大きかった」と三浦さん。

本の中にはこんな一節がある。

「長じて夫に出会ったとき、伴侶として語り合ううちに彼が私に言ってくれたことがある。帰責性と因果関係を混同したらだめだ。あなたという存在には、他者の支配欲を呼び起こす原因はあるが、だからといって責任はない。ああ、あのときにそう分析して私に語ってくれる存在がいたらよかったな、と切に思うのである」(「一五 初めての経験」より)

やや驚くのは、三浦さんは出版前に、この本を書く過程で、現在小学校2年生の娘さんに内容を読み聞かせているということだ。性被害についても、隠すことなく伝えている。

「性行為というものの実感はもちろん分からないでしょう。そもそも性暴力とは、たとえ性行為を知っていても経験したことがない人には分からないものです。子どもには基本的な性教育をしっかり施しました。相手にしてはいけないこと・自分がされてはいけないこと、病気の危険など。性行為の目的としては、子どもを作るためでもあるし、気持ち良くなるためだけにしてもいいけれど、子どもができるということは責任をもって育てなければいけないことだと教えました。そのうえで、すごく密接な行為なので、ちょっとでも嫌だと思ったときには、どんな相手だろうと我慢してはいけないと伝えました」

小2の娘さんを、個として認めているからこその対応だ。今は週5日、ナニー(シッター)を依頼しており、夕食は基本的に外食を利用することが多い。仕事も充実しつつ、家族が負担なく暮らせるように、職住も近い場所にしている。夏休みには子どももオフィスに「出勤」して遊ぶ。

「ただその代わりにべたべたと甘えることもあります。3歳ごろから別の部屋で寝ているのですが、夫が出張の時などは一緒に寝たり、車の助手席に娘が座ってずっとおしゃべりをしていたりと、彼女も2人きりの時間を楽しんでいるようです。夫がいない時間を利用して母子密着をしています」

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30代半ばから、自分をいかに取り戻すのかがチャレンジに