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介護士・モデルの上条百里奈さん 二度の反対押し切る

2019/8/4 日本経済新聞 夕刊

1989年長野県生まれ。介護福祉士として施設などで働きながらモデルとして活躍。テレビ、講演などで介護職の魅力を伝えている。4月から母校の白梅学園大学で非常勤講師を務める。

著名人が両親から学んだことや思い出などを語る「それでも親子」。今回は介護福祉士でモデルの上条百里奈さんだ。

――おじいちゃん、おばあちゃん子だったそうですね。

「父はサラリーマンで、母はパート勤め。ごく普通の家庭です。ただ両親とも忙しくて、同居する祖父母に面倒をみてもらうことが多かったです。祖父母といると心地いいんです。お年寄りと接するのに抵抗がないのは、介護の仕事をするうえで都合がよかったのかもしれません」

――介護福祉士を目指したのはなぜですか。

「小さい頃はむしろ医療の方に関心がありました。しかし、中学2年生の職業体験学習で介護の現場で働く人たちの姿に感銘を受けました。介護は人生を豊かにできます。将来は介護の仕事に就こうと、自宅近くの老人保健施設で土・日曜に食事介助のボランティアを始めました」

「祖母らからは『介護の仕事は大変なわりに給料が少ないから、やめた方がいい』と反対されました。ただ、自分が選んだ道に進むことに迷いはありませんでした。介護福祉を学べる高校を選び、福祉学科がある東京の短期大学に進んで介護福祉士の資格を取得。卒業後は地元の老人保健施設に就職しました」

――それが、なぜモデルになったのですか。

「ひょんなことからです。東京で開かれた日本介護福祉学会で発表する機会がありました。学会の帰り、新宿駅のロッカーで荷物を取り出す際に、手伝ってくれた人がいました。それがスカウトで、『モデルにならないか』と勧誘されました。『やってみたい』と両親らに告げると、またも反対されました。しかし、このときも『我が道を行く』を貫きました」

「モデルになったのは、介護の仕事に関心を持ってもらうのに役立つのではと考えたからです。若い人は、介護というと『そんな重い話は』となりがちですよね。ところが、モデルがいろいろなメディアを通じて話すと、なになに?と耳を傾けてくれます」

――モデルの仕事が忙しくなり、いったん介護の仕事から離れました。

「情報発信するにも、介護現場にいないとだめですね。現場の実情をしっかり知っておく必要があります。モデルを続けながら、再び特別養護老人ホームに勤めるようになり、今は2つの事業所に勤めています。月の半分は介護の現場にいます。両親もいまはモデルの仕事を喜んでくれていて、時々ファッションショーに招待しています」

――トークショーや講演会で話す機会も増えましたね。

「昨年、長野で初めて講演したときは両親が来てくれました。専門家の方の講演もあったのですが、『プロよりもあなたの方が伝わった』と言ってくれました。両親からあまり褒められたことがなかったので、私の仕事を認めてくれたのだと、うれしくなりました」

[日本経済新聞夕刊2019年7月30日付]

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