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宮崎氏に背中を押され、パートナーを探す稲垣氏が協力要請したライオンが参加したのは、19年1月からだった。「歯ブラシのリーディングカンパニーのライオンさんに断られたら、このプロジェクトは頓挫すると思っていた」と稲垣氏は振り返る。

圧電セラミック素子は電気を振動に変える特性があり、薄くて小型でも十分なパワーを出せるため、「歯ブラシに埋め込める」と稲垣氏は考えた

企業の都合優先ではイノベーションにならない

ライオンは製造以外にも振動伝達効果と清掃性を両立するブラシ部の設計、振動アクチュエーターを内蔵した独自の「中空構造」のプロトタイピング、そして品質評価を手掛けた。同社イノベーションラボの萩森敬一氏は、「途中参加ということもあり、9カ月という期間設定はとてもタイトだった。京セラとの調整が難しい場面でも宮崎氏が軌道修正をしてくれたおかげで達成できた」と、緊迫した開発現場だったことを明かす。

宮崎氏も「京セラ、ライオンという大手企業のコラボで、このスケジュールでは難しいかもしれないと思ったが、両社の都合で落としどころを探しているとイノベーションにならない。歯ブラシの向き一つでも両社の考えは違ったが、ユーザーの使いやすさだけを優先して決めた。根底には互いを尊重する思いがあり、それがロゴにも表現されている」と語る。

宮崎氏の思いは両社に共有された。萩森氏は「スピード感についていくのに苦労したが、同じ父親として製品への強い思いがあった。普段は多層化する意思決定を、現場判断で先行することも多かった」と明かす。イノベーションラボ自体が18年に新規事業創出を目指し新設され、ライオンの掬川正純社長が19年から事業活動のスピードアップを宣言していることも後押しし、異例だが「自信をもって判断した」という。

座組の発起人である京セラの稲垣氏も、「煩雑な社内調整が必要な通常の事業とは違う、特別なルートだからこそ成立した」と話す。京セラはBtoB、BtoCともにオープンイノベーションを推進しており、社外パートナーとの開発経験もあるが生活用品では初めて。

ポッシの世界観を構築するためプロダクトデザイン以外にもキャラクターを作り、ソニー・ミュージックエンタテインメントのレーベル、キューンミュージックに所属するアーティストであるDJみそしるとMCごはんを起用したイメージソングを作成した

稲垣氏は「技術者はどうしても作ることしか意識がいかない。BtoCで新規事業を創出するノウハウをソニーに与えてもらうために参加したが、お客さま目線に立つこと、ユーザーの声がすべてで主観を入れないことを教わった。ポッシは高価格の商品なので、よりコンセプトを売っていくことが大切だ」と、SSAPを通じたプロジェクトでの成果を実感する。

京セラも19年からスタートアップを活発化させる。稲垣氏も「既に出ているアイデアの種を実現できるように、今度は自分がプロデューサー的な役割を担っていきたい」と意欲を見せる。ポッシが子育て中の父と子の心をつかんでファンディングを成功させれば、京セラ、ライオン、ソニーそれぞれのスタートアップの機運に弾みがつくだろう。

(ライター 北川聖恵)

[日経クロストレンド 2019年7月11日の記事を再構成]

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