有森裕子 スポーツと健康管理、練習しすぎ免疫低下も
9月になると世界的なスポーツの祭典が続々と開催されます。9月20日からは日本でラグビーワールドカップ、同27日からはカタールで世界陸上が始まるなど、2020年の東京五輪を見据えたトップアスリートの熱い戦いが繰り広げられます。
また、9月15日には、東京五輪マラソン代表の座をかけた、マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)も東京で開催されます。初の試みとなる選考レースの先に、どんなドラマが待ち受けているのか、私も今から楽しみにしています。どの選手も、ベストパフォーマンスを発揮して、悔いのない走りをしてほしいと思います。
そんな「ここぞ」という大事な場面で、ベストパフォーマンスを発揮するためには、コンディションの管理が重要です。いくら素晴らしい実力を持っていても、大事な場面で風邪をひいてしまっては、ベストパフォーマンスを発揮できません。ケガに関しては慎重になるアスリートや指導者は多いですが、病気の予防・早期発見という面での健康管理には意識が十分に届いていない人が少なくないように感じます。今回は、「アスリートと健康管理」というテーマで考えてみたいと思います。
ハードなトレーニングは免疫力を下げる恐れが
普段から激しいトレー二ングを積んでいるトップアスリート(競技者)は、自分は「健康体」であるという意識が大前提にあります。そもそも健康でなければ、自分を極限まで追い込むような激しいトレーニングはできません。そのため、競技レベルを上げることばかりに意識が向いてしまい、病気の早期発見や予防といった健康管理への取り組みが後回しになりがちです。定期健康診断や人間ドックは、大きな目標を達成するまで受診しない、という感覚のアスリートは多いのではないでしょうか。
ハードなトレーニングを積み、強靭な肉体を持つアスリートは、免疫力が高いイメージがありますが、実はそうとも言えないようです。適度な運動であれば免疫力は高まりますが、過激な運動をすると、上がるはずの免疫力がかえって低下し、風邪をひきやすくなるという研究結果もあります。体が受ける直接的なダメージに加え、結果を出さなければならないプレッシャーがストレスとなって自律神経を乱すなど、複合的な要因から免疫力が低下すると考えられているようです。ハードなトレーニングを積んでいるアスリートほど、自らの健康状態を過信することなく、普段から健康管理を意識する必要があるのです。
同じことが市民ランナーにも言えます。トップアスリートのような激しいトレーニングをしていなくても、仕事や家事による肉体的・心理的な疲労とトレーニングによる疲労が重なって、気づかぬうちに免疫力が下がっている可能性は十分に考えられます。そんな時に無理をすれば、体調を崩すことになりかねません。
特にフルマラソンを走った後は、注意が必要です。通常のトレーニング以上の距離を走れば、それだけ体への負荷は大きくなりますから、全身の体力が消耗し、免疫力は低下しやすくなります。
レースに出場して体調を崩し、日常生活に支障をきたしては、それこそ本末転倒です。レース後は体を冷やさないようにし、休養日(レスト)をしっかりとって、念入りなストレッチで体をほぐしながら、バランスの良い食事や睡眠をしっかりとって体調の回復に努めましょう。
「セルフチェック」と「定期健診」で自分の体を観察する
アスリートが健康を維持するには、普段から自分の体調に気を配る習慣を持つことが大事だと思います。例えば、私が実践しているのは「毎日、体重を計って記録する」習慣です。
起床後、鏡で全身をチェックしてから体重を計り、その数値の変動で体調を把握しています。「なんだ、そんな簡単なことか」と思われるかもしれませんが、これがけっこう健康管理に役に立つのです。毎日測り続けると、体調のいい時の体重を知ることができます。その体重を維持しようと意識すれば、自ずと日々の生活習慣を正そうというモチベーションにつながっています。
ポイントは計測時間を一定にすること。そうでなければ、正しい判断はできません。食事後や運動後に計っても、その数値の変動は食べ物やかいた汗のせいであることが大きく、正しい体重は把握できません。
体脂肪が同時に計測できる体重計があれば、体脂肪の数値や、食事の内容、体調や気分なども日々ノートや手帳に記録しておくと、体調が崩れるときの自身のパターンが見えてきて、予防や対策につながります。
こうした体重を計測するセルフチェックだけでなく、全身の医学的なチェックを受ける定期健診も受けていただきたいです。可能なら人間ドックを受けて隅々まで調べられると安心ですが、血液検査だけでも定期的に受けて、白血球や赤血球、血圧など一通りの数値を知っておくと、病気の早期発見や予防・対策につながります。特にランナーは貧血になりやすいため、定期的に血液検査を受けた方がいいと思います。健診以外でも、献血をすれば、ヘモグロビンなど貧血に関する数値を手軽に知ることができます。
毎日排便して腸を整える"腸活"も大事
腸内環境を正常に整える"腸活"も大事です。食事にストイックになりすぎる必要はありませんが、私自身、できるだけ加工食品ではなく、栄養価の高い旬の食材を使ったバランスの良い食事をとることを心がけています。もともと和食が好きなので、味噌や納豆、漬物などの発酵食品を自然とよく食べ、無糖のヨーグルトも頻繁に食べるようにしています。そして、きちんと毎日排便して腸を整えることを意識しています。
食事の量は腹八分目に抑え、食べた物をちゃんと消化してから次の食事をとります。夜ご飯を食べ過ぎて、朝起きてもきちんと消化されていないなと感じたら、朝食は食べません。暴飲暴食はやめて胃をきちんと休ませてあげることが、腸の調子を整えることにもつながると感じています。夏は冷たい飲み物をガブガブと飲んでしまいがちですが、白湯やお茶などの温かい飲み物を選んで、できるだけおなかを冷やさないことも、腸を整えるポイントだと思います。
こうした生活習慣で、おかげさまで腸の調子も良く、風邪も引きにくいので、私自身は免疫力向上にもつながっているように思います。「この食事内容だと、おなかの調子はどうなるか」「何をどのタイミングで食べれば体調がいいか」など、自分の体に耳を傾ける意識を持てば、自分の体質に合う食材が少しずつ分かってきます。自分の体に合った"処方せん"のようなものができれば、健康維持につながるのではないかと思います。
年齢を重ねるほど免疫力は低下していきますし、糖尿病や高血圧、がんなどのリスクも高まります。一般ランナーの方も、「自分は毎日走っているから健康だ」と自分の体調を過信せず、食事と睡眠をしっかりとり、定期的な健診を受け、体調の変化に気を配りながら暑い夏を乗り切りましょう!
(1)毎日、決まった時間・状態で体重を計測する
毎朝、起床したら朝食を食べる前に体重を計測し、記録する。同じ状態で計測し続けることで、体調の変化が分かりやすくなる
(2)健康診断(血液検査)や人間ドックを定期的に受ける
自分の体の状態に関心を持ち、健期的に健診を受けて、病気の対策や予防につなげる
(3)腸内環境を整える
毎日快適な排便ができるように、食べるものや量などに気をつけて、腸の状態を整える。おなかを冷やさず、ストレスをためないことも大事
(まとめ:高島三幸=ライター)
元マラソンランナー。1966年岡山県生まれ。バルセロナ五輪(1992年)の女子マラソンで銀メダルを、アトランタ五輪(96年)でも銅メダルを獲得。2大会連続のメダル獲得という重圧や故障に打ち勝ち、レース後に残した「自分で自分をほめたい」という言葉は、その年の流行語大賞となった。市民マラソン「東京マラソン2007」でプロマラソンランナーを引退。2010年6月、国際オリンピック委員会(IOC)女性スポーツ賞を日本人として初めて受賞した。
[日経Gooday2019年7月9日付記事を再構成]
健康や暮らしに役立つノウハウなどをまとめています。
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