エボラ大流行、治療に現地民の壁 医師団は襲撃被害も

日経ナショナル ジオグラフィック社

この記事のために筆者がユゲットさんに話を聞いた日、彼女が入院していたブテンボの治療センターを武装した男たちが襲撃した。施設を守ろうとした警察官が殺され、保健スタッフも数人負傷した。そこからほど近い町、カトワにある国境なき医師団の治療センターが2月26日に放火されてから、1カ月もたっていない。このときは保健スタッフ1人が死亡し、もう1人が負傷したため、国境なき医師団は活動を中断した。

ユゲットさんは、祖父と親戚1人をエボラで亡くした。カトワでの埋葬の際にウイルスに触れたのかもしれないと考えている(Photograph by Nichole Sobecki)

このエボラ流行との闘いを一変させるかもしれない「武器」が、カナダの科学者が開発したワクチンだ。2015年の大流行で試験的に使われ、これまでエボラ患者と密に接触している親類や医療従事者など、10万人以上がワクチン接種を受けている。WHOは、エボラによる死を減らすのに、このワクチンが非常に有効なようだと報告している。

こうした有望なニュースがあっても、エボラに悩まされている北キブ州の住民たちは、国連の白いトラックや外国の医療機関の到着に疑いの目を向ける。

人口100万を超すブテンボでは、90%近くがナンデ族であり、伝統的に部外者を信用しない。この街には、集落を基盤とした武装集団もあり、混乱する貧困地域にプロパガンダと武力を利用して影響力を及ぼしている。こうした武装集団の中には、国境なき医師団や国際医療隊(International Medical Corps)といった支援団体に関して、誤った情報を広めるものもいる。結局「よそ者」の医療者たちは、必要があってしていることを非難される。エボラ患者を強制的に隔離する、現地の風習を無視した埋葬方法を押し付けるなどだ。

エボラ生存者のカンバレ・ムホンギャさん(43)。看護師の妻は、働いていた病院でエボラに感染した。妻を看病したカンバレさんは、彼女の葬儀の数日後に体調が悪化した(Photograph by Nichole Sobecki)

ブテンボの宿で、ジョファさんという若い男性と話した。エボラ治療センターが襲撃される理由について、彼は自分の考えを話してくれた。「おじが病気になると、エボラだと思ったらしく、武装した男たちが家にやってきました」。ジョファさんはたどたどしい英語で説明した。「男たちはあらゆるものを壊し、おじを連れて行きました。家財も奪われ、何を取られたのか把握しきれないほどです。彼らは、やりたい放題やるための理由にエボラを利用しているのです」

コンゴでは、「第一に、多くの人が広範囲に移動しているという状況があります。武装した民兵に襲われた恐ろしい体験から逃れようとしているのです」。世界保健機関(WHO)の緊急オペレーション・プログラム責任者であるミシェル・ヤオ医師は話す。「第二に、住民たちは外国人に全くなじみがないため歓迎せず、エボラのような事態も全く経験がありません」。医療支援機関は「西アフリカの大流行から多くの教訓を学んだ」ものの、「この国の流行には特殊な事情があり、対処が非常に難しくなっています」とヤオ医師。

一方、ブテンボから90分の都市、ベニでは様子が異なる。

コンゴとウガンダとの国境に近いベニでは、歴史的に複数の民族集団が混在し、平和に共存してきた。2018年秋、ベニを中心にエボラ流行の第2波が起こったとき、医療スタッフは住民から抵抗に遭ったとWHOのヤオ氏は話す。「安全な埋葬方法を拒む人たちでした。1つの家族内でたくさんの人がエボラで死に、その家族から感染が広がったのです」

住民の理解を得るため、WHOや提携団体は現地住民からボランティアを募り、地域への働きかけや、医療活動の補助ができるように研修をした。これが不信感を和らげるのに役立ち、医療スタッフはウイルスのまん延にわずかに先んじることができた。

ベニ・レフェランス総合病院の入口では、落ち着いて列を作り、消毒の手順に従う人々を見た。塩素処理水で手を洗い、靴の裏にも塩素処理水をスプレーする。長靴や手袋といった医療機器の洗浄や、食事の準備のために出勤してきた人たちだった。あるいは、いくつも並んだ「アウトブレイク用生物防護緊急ケアユニット」(略称:CUBE)の中にいる患者を訪ねてきた人もいる。国際医療活動同盟(ALIMA)が使っているCUBEは、大流行する可能性が高い、感染力の強い病気の患者を治療するために作られたプラスチック製の隔離ユニットだ。

エボラ治療センターへの襲撃に対抗するため、武装した警備兵がベニに近いムンザンバイ地域をパトロールする(Photograph by Nichole Sobecki)

CUBEに入っていたエボラ患者は、治療の主要な段階を終えて体力を取り戻すと、心理カウンセリングを受ける。その後、隔離ユニットを出て、回復中のほかの患者たちとガーデンエリアで交流できる。このエリアは、離れたところから家族が様子を見ることができる。「CUBE越しだけでなく、CUBEから出て動き回っている患者本人を家族が見ることができれば、エボラ治療センターでの処置をめぐる恐怖や陰口、噂をある程度なくせます」と保健当局者は話す。

テントを立て、治療のために自分たちの親類をそこに運び込んでいく外国人を、この国の多くの人々は良く思わず、信頼もしていないことをムリャンザ・ユゲットさんは分かっている。だが彼女はそれを変えようと活動しており、自らの体験を語ることもその1つだ。

彼女がエボラの診断を受けたとき、家族、友人、ボーイフレンドはパニックに陥らず、早く治療しさえすれば何も怖いことはないのだと気が付いた、とユゲットさんは言う。そして彼女のエピソードは間違いなくハッピーエンドだ。エボラにかかったのが数年前だったとしたら、ユゲットさんの家族は葬儀の計画を立てていたかもしれない。しかし今、彼女は自分の未来を計画している。そこには、NGOでキャリアを積むこと、伴侶を得ること、子どもを5人もうけることが含まれている。

次ページでも、未だ収束しないエボラと闘う人々の姿を紹介する。

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