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「暮らしの中に科学見つけよう」 作家・池澤夏樹氏

2019/7/18

――膨大なデータを独占するプラットフォーマーが個人情報を利用したサービスで莫大な利益を上げる現状には、個人情報保護や公正取引、あるいは課税の観点からも様々な問題点が指摘されています。

問題は、GAFAのような巨大企業を誰がコントロールできるかですが、今や国家にはその力はないように思います。

マルクスの『共産党宣言』ではありませんが、今の世界の経済状況を例えて言うなら、国家がコントロールできなくなった資本が「怪物」のように巨大化し、世界で暴れ回っているように見えます。

何の裏付けもないまま無限に生まれ、膨張を続けてきたマネーは、人々の日常とは違う空間で巨大コンピューターにより高速取引されているようなもの。莫大な富が瞬時に生まれてはまた消えています。

以前ギリシャに住んでいたこともあって、ギリシャ債務危機のニュースを注視していましたが、巨大資本という怪物が国を潰しに来たように感じられてなりませんでした。

――日本では平成が終わり、新しい時代が始まりました。令和はこれまで以上に科学が日常から見えなくなり、技術が存在感を高めていく時代になりそうです。

僕にとって平成は衰退の時代というイメージしかなく、振り返ればこの30年間は、ずっと出血が続いてきたように感じています。政治は劣化して、経済格差はどんどん広がってしまった。

先日、2つの国際統計データを見て驚きました。一つは、GDPに占める公的教育費の割合。もう一つは女性の社会進出を測る「ジェンダーギャップ指数」です。どちらも世界で110位台と先進国最低水準にある。いかにこの国が子供たちから資産や機会を奪い、女性を抑え付けてきたかを表していると思います。

経済最優先を掲げて今の仕組みをつくり上げてきた既得権益層が権力の中枢にしがみついている社会の在り方を変えなくては、衰退していくだけだと思います。

――それを食い止めるために科学ができることはあるのでしょうか。

直接科学ができることはないでしょう。間接的にあるとしたら、科学に触れることを通じて物事を合理的に考え、正しいことと間違いを切り分ける力を人々が身に付けていくことかもしれません。

――日々時間に追われ慌ただしく過ごしていると、「科学する心」を忘れてしまいがちです。

時間がない人は、月齢だけでも意識して暮らしてみてはどうでしょう。ゆうべは素晴らしい満月でしたよ。

――全く見ていませんでした……。

自分の暮らしの中に科学を見つけようとすることは大切です。例えば家事だって科学ですよ。洗濯物をピンピンと広げて干したらよく乾くとか、いろんな食材を集めてきて料理することもそう。まずは、休眠状態にある五感を取り戻す。それによって新たに得た意識や世界観を自分一人だけでなく、周囲にも広げていく。そんな小さなことからでも、人々の暮らしと科学との距離感が近づけばいいなと思っています。

『科学する心』
池澤夏樹著/集英社インターナショナル/1800円(税別)
「先端の科学者が追い求める宇宙の真理を理解するための読書をぼくはずっと続けてきた」──。北海道や沖縄、パリ、ギリシャ等、様々な土地に暮らし、常に科学的な視点を持ちながら執筆活動を続けてきた著者が、宇宙の無限と永遠、生物の進化と絶滅の歴史、原子力や人工知能から南米紀行まで、様々なテーマや経験を科学的思考と文学的アプローチを行き来しながら考察。「日常の科学」が失われつつある現代において、「科学する心」を持ち続けることの大切さを静かに語りかけてくる科学エッセイ。
いけざわ・なつき
1945年北海道生まれ。埼玉大学理工学部物理学科中退。75年から3年間ギリシャに移住。翻訳や詩の創作などを手掛ける。88年『スティル・ライフ』で芥川賞を受賞。『マシアス・ギリの失脚』で谷崎潤一郎賞、『池澤夏樹=個人編集 世界文学全集』で毎日出版文化賞、朝日賞を受賞した。自然や紀行をテーマにしたエッセイや随筆も多数手掛け、93年『母なる自然のおっぱい』で読売文学賞受賞。評論『楽しい終末』で94年に伊藤整文学賞を受賞するなど、幅広いジャンルで活躍する。94年に沖縄に移住。2004年にフランスに移住したのち現在は北海道で創作活動を続ける。最新刊は『科学する心』(集英社インターナショナル)。

(撮影/工藤朋子 取材・文/佐藤珠希)

[日経マネー2019年8月号の記事を再構成]

科学する心

著者 : 池澤 夏樹
出版 : 集英社インターナショナル
価格 : 1,944円 (税込み)

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