トニー賞で実感 ブロードウェイが崩す壁(井上芳雄)

日経エンタテインメント!

ニューヨークのラジオシティ・ミュージックホールで開催されるトニー賞授賞式の模様を生中継する日本のスタジオで

チャレンジングな作品もたくさん生まれていますが、一方で行き過ぎた表現を懸念する声もあるようです。例えば、ミュージカルリバイバル賞を受賞した『オクラホマ!』は銃規制の問題を反映させたショッキングな演出が、賛否両論を呼びました。主人公のカップルの結婚式で銃が乱射され、真っ白なウエディングドレスが血みどろになり、『オクラホマ』をみんなで歌って終わるという、オリジナル版とは全然違う演出になっています。僕も、こんな解釈ができるのかと驚き、勉強になりました。ただ、何回もリピートして見たいかと言われると、僕にはちょっと難しいかもしれません。

そういう意味で、エンタテインメントとしてうまくできていて、かつ現代的な題材だと思ったのがコメディミュージカルの『プロム』です。レズビアンのカップルがプロム(アメリカの高校で学年末に催されるダンス・パーティー)に行こうとしたら断られたという出来事が田舎の町で大騒ぎになって、それをどうにかしようと、なぜかブロードウェイの落ち目のスターたちが町に行くという話です。みんなでああだ、こうだとやっているのが面白いし、最後にカップルがプロムに行ったときには、すごく感動します。僕は『プロム』が一番よかった。ただ先鋭的な題材だし、作品賞というのとはまた違うのかなと思っていたら、やっぱりとりませんでしたね。

バランスのよさが光る『ハデスタウン』

ミュージカル作品賞をとった『ハデスタウン』は、バランスのよさが光っていました。ギリシャ神話を基に、現代アメリカに置き換えたストーリーで、ファンタジーみたいでもあり、今の社会情勢に通じる要素もあります。演出がとても演劇的だし、音楽もいいし、役者も個性的と、バランスがとれている。エンタテインメントとして優れているし、それだけで終わってもいないという、高い評価を受けて当然の作品だと感じました。

光一君と僕の推しは、主演女優のエヴァ・ノブレザダでした。『ミス・サイゴン』の25周年キャストでキムを演じて注目されたアジア系の女優さんで、『ハデスタウン』でも見事な歌声と演技を見せていました。終演後の楽屋で会いましたが、小柄でかわいらしくて、すてきな人でした。スタジオでは、光一君も熱く推してましたね。

そんなニューヨークで実際に見てきた作品の感想などを交えながら、生中継のナビゲーターを務めました。毎年出演していて楽しいのですが、今年もとても楽しかった。トニー賞を通じて、演劇の素晴らしさを1人でも多くの人に伝えたいという思いと、僕自身もブロードウェイの新しい動きを知りたいという思いが入り混じり、純粋に好きなことをやらせてもらっていて、幸せな時間でした。そして、やはり日本にもトニー賞のような演劇の賞を、と強く思いました。

井上芳雄
1979年7月6日生まれ。福岡県出身。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。大学在学中の2000年に、ミュージカル『エリザベート』の皇太子ルドルフ役でデビュー。以降、ミュージカル、ストレートプレイの舞台を中心に活躍。CD制作、コンサートなどの音楽活動にも取り組む一方、テレビ、映画など映像にも活動の幅を広げている。著書に『ミュージカル俳優という仕事』(日経BP)。

「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。第48回は7月20日(土)の予定です。

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