辛口コメントで知られる教育評論家の尾木直樹氏は編著書『子どもが自立する学校 ~奇跡を生んだ実践の秘密~』(青灯社)で、わずか8校の優れた事例の一つとして自由学園を取り上げた。「共同生活を通じて社会の真のリーダーが育つ」と評価している。寮生活と聞くと、英国のパブリックスクールが思い浮かぶが、実際に見学した高橋氏は「上流階級の生徒を迎えてきたパブリックスクールでは、今も生徒たちは教室掃除も食器片付けもしない。リーダー育成のありようは、自立や実践を重んじる自由学園と根本的に異なる」という。
通常のカリキュラムに加え、音楽や美術に力を注ぐのも特徴だ。バイオリニストの前橋汀子氏は、日本経済新聞の「私の履歴書」で、「自由学園幼児生活団で4歳からバイオリンを始めた」とつづっている。指揮者の山本直純氏は初等部から男子部に進んだ。山本氏が進行役を務め、クラシック音楽を日本に広める役割を果たしたテレビ番組『オーケストラがやって来た』を手掛けたプロデューサーの萩元晴彦氏も自由学園出身だ。
芸術分野に強い伝統はしっかり受け継がれていて、映画監督の纐纈(はなぶさ)あや氏は記録映画『祝(ほうり)の島』『ある精肉店のはなし』で評価を得た。記録映画の世界では創設者の孫にあたる羽仁進氏や羽田澄子氏(映画『早池峰の賦』)、本橋成一氏(同『ナミイと唄えば』)などの先輩もいる。孫が自由学園に入った、詩人の谷川俊太郎氏は「孫が自由学園に通うようになったら、息子の家事の腕があがった」と述べ、「保護者も一緒に育つ」という理念を評価する。
学内の自治、自律の精神育む
校則はない。女子部には制服もない。キャンパスの大部分は生徒が自ら管理している。たとえば、一般的な中高では授業の節目などをチャイムの放送で知らせるが、ここでは生徒が日替わりで務める「時の係」の仕事だ。女子部では鐘を鳴らし、男子部では板をたたいて時を告げる。時計やスピーカーではなく、仲間が仲間を動かすのだ。
運営方針に見直しが必要となれば、生徒たちが話し合って変えていく。17年8月から髪形が自由になったのも、男子部の生徒が話し合った結果だ。高橋氏は「あなたたちはこの学園をよりよく変えるために、ここにいる。どんどん声を上げて、自分たちで変えていってほしい」と、新入生に呼びかけ続けている。チェンジメーカーの種はキャンパス全体にまかれているようだ。
「自分らしく生き、よい社会をつくるために、自らを役立ててほしい」。高橋氏は学園での学びの意義をこう語る。ランキング上位の大学・企業に進んで、高い報酬を得るという「成功者」を量産するつもりは、学園側にはない。
実際、卒業生の進路を見ると、ジャーナリスト、料理研究家、牧師など、多様性に富んでいる。なかには、農場や植林地での体験を生かして農業や林業のエキスパートを目指す人もいる。直接的に人の役に立つ医師や助産師、看護師を選ぶ人は珍しくない。食の分野では料理研究家の石原洋子氏や、「スーパー主婦」と呼ばれる足立洋子氏らがいる。NGO(非政府組織)に参加して、世界の飢餓対策に取り組んだ人や、途上国の社会起業家を支援する会社を立ち上げた人も現れている。「(社会に)働きかけつつある学校」という、創立者の定義は100年を間近にした今も脈々と受け継がれているようだ。