「満員の舞台に立たせたい」 野球も宝塚も願いは同じ宝塚歌劇団 小川友次理事長(下)

「一方で、勉強も怠らない方でした。ものすごい読書家で、キャンプや遠征先には何冊か本を持って行かれるんです。それも古典を読んでいらっしゃった。安岡正篤氏の『東洋思想十講 人物を修める』のような本です。読み終わると『小川君、これあげるわ』って僕にくれてね。今思えば、あれは『小川、現場ではこういう勉強も必要だよ』と暗に言われていたんでしょうね。ひょっとしたら将来、球団幹部になるかもしれない人間だから、ちゃんと勉強しておけ、とおっしゃっていたんだと思います」

阪急ブレーブスでは広報担当として、ユニホームを着ていた(左)

「東洋思想十講が説く『目先にとらわれず長い目で見る』『物事の一面にとらわれず、できるだけ多面的、全面的に見る』『枝葉末節にとらわれず根本的に考える』という思考の3原則は、宝塚歌劇団という組織のリーダーとなった今も、思い返し肝に銘じています。上田監督は勝負に徹した熱い指揮官で、現場の意に沿わないことを上層部が決めたと感じたときには泣いて抗議するような人でした。でも一方で、勉強も怠らなかった。上田監督からは『人の上に立つ者は熱い思いも大切だし、冷静なジャッジも大切だ』と教えられた気がします」

――野球と宝塚。まるで違う世界ですが、通じるものもあるのですね。

「男臭い野球と女性だけの宝塚。違うようで、システムがよく似ているんですよ。宝塚歌劇団だってある種、体育会的な部分がある。野球のクリーンナップやエースは宝塚の各組のトップですよね。でも、トップかどうかにかかわらず、入団年次による上下関係もある。周囲がどれだけトップやクリーンナップ、エース級を支えられるか。『支えてやろうじゃないか』と燃えているようなチームは強いわけです」

「そういう組織をまとめるリーダーでいるには、福島監督や上田監督のような熱さと、ときに冷静さが必要なのだと感じます」

――当時の阪急ブレーブスは球団経営で厳しい局面にありました。

「阪急ブレーブス時代の苦い思いは、球場にお客様が入らなかったことです。84年にはパ・リーグを制して日本シリーズへ進み、広島東洋カープと対戦したのですが、ホームゲームが平日のデーゲームだったこともあり、まったく満員にならなかった。選手から言われました。『日本シリーズでも入らないのか』って。ここまで勝ち上がってきたのに、選手にとっては一番つらいですよね」

満員の劇場で、舞台に立たせたい

「宝塚歌劇に来てからも、同じようになかなかお客様に来ていただけない時代がありました。やはり満員の劇場で、団員たちを舞台に立たせたい。阪急ブレーブス時代にがら空きのスタジアムを見てきたつらさがあるので、この思いは人一倍強かったと思います。ブレーブス時代には、野球経験があったことも買われて、バッティングピッチャーもしたし、スカウトも担当したこともありました。現場の雰囲気を知り、『勝つために流れを変えなければ』という『現場感』はここで養われたと感じています」

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