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米中摩擦「どういう世界を目指すのか」 丹羽宇一郎氏

2019/5/16

現実と謙虚に向き合い
不条理には毅然と立ち向かう
真の強さを持とう

――米国と中国の貿易摩擦が昨年来、世界経済の大きな懸念材料になっています。伊藤忠商事の社長・会長を歴任し、駐中国大使も務められた丹羽さんは、米中貿易戦争の展開をどう見ていますか?

関税引き上げや中国製の通信機器の排除など、トランプ米大統領が打ち出した激しい対中政策は、既に世界経済にマイナスの影響をもたらしています。さらに深刻なのは、トランプ大統領の過激な政策の多くが目先の問題に対処するためのものであり、長期的に米国をどういう国にしていくのか、どういう世界を目指すのかという戦略があるとは思えないことです。

一連の対中政策で目先は中国経済を抑え込むことができたとしても、長期的な中国経済の台頭を抑え込めるかは大いに疑問です。中国からの輸入品に高関税をかけ、モノの値段が上がれば、米国民の負担が増え、生活も混乱します。さらに経済大国である中国の景気の減退は、世界の生産供給サイクルに大きな影響を及ぼし、世界経済のリスク要因になっています。

――一方の中国では、習近平(シー・ジンピン)国家主席への権力集中と共産党の独裁体制の強化が進み、強大な軍事力を背景にした覇権拡大や人権問題に国際社会の批判が高まっています。

確かに中国の独裁的な政治体制や政策は、批判されるべき点が大いにあるでしょう。しかし、14億人もの民を他の先進国のような政治体制で統治できるのかは誰にも分かりません。今の中国は、世界中のどこにも前例がない統治に取り組んでいる途上なのです。

そもそも、ガバナンスには絶対的に正しい答えというものは存在せず、常にベターチョイスしかありません。まずは14億の国民が生活に困らないだけの「パン」が行き渡るようにしなければなりません。安定した暮らしが実現すれば、国民は社会の在り方についても自然と考えるようになるでしょう。中国では年間60万人が海外に留学しています。欧米で学び帰国する人が増え、世界の様々な情報が入ってくるようになれば、いずれ中国の政治体制も社会も変わっていかざるを得ないと思います。

ただ、経済がいくら成長を続けても、現在の中国のままでは米国に絶対に勝てません。人民元と米ドルを始め中国と米国では、世界の信頼度が全く違うからです。基本的人権や自由、平等といったことの価値を共有せず、国際社会のルールをいつひっくり返すか分からないような国では、世界から信頼は得られません。統治の在り方を変えていく必要性は、中国の指導部も分かっているはずです。

――欧州政治も不安定化するなど混迷する世界の中で、日本はどんな役割を果たすべきでしょうか。

目の前で起きていることが理にかなっているか、不条理なのかを慎重かつ自律的に判断することです。日本としていいものはいい、悪いものは悪いと立場を表明するべきです。米中貿易戦争に関しても、米国に追従するだけでは駄目で、不条理なことにはしっかり意見を表明することが重要です。そのためにはまず、国内外の厳しい現実や不都合な真実にも真摯に目を向け、日本の立ち位置を見定めていく必要があります。

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