イチローの「スタイル」道 細ネクタイとスーツの成熟服飾評論家 出石尚三

イチローはかつて、そのラフな服装で物議を醸したことがありました。私服で好んだのはヒップホップミュージシャンのような、だぼっとしたスエットやハーフパンツ。表彰式ではセーターにジャケット姿。ネクタイを締めることはほとんどなかったようです。

2010年、イチローはスポーツライターである小西慶三氏のインタビューで、ファッションについて興味深い話をしています。若い頃の自分の服装を振り返り「ただ自分がカッコイイと思うからそれを身に着けたいというだけ」だったと。ところが今は「客観視する目が常に存在している。このシャツがカッコイイと思っても、それを自分が着こなせるかどうか、僕のものにできるのかどうかは全く別なものなので、そこを考えるんですよ」

自由奔放な服装を経て、スーツを身につけるようになったイチローはこう振り返っています。「野球の中で結果を残していくこと、自分の記録が一番になったものがある、そういったものから得た自信が、今みたいな(服装の)形になってきたと思う」

米大リーグ、マリナーズの入団記者会見に笑顔で臨むイチロー(2018年3月7日、ピオリア)=共同

■自分のスタイルの成熟に貢献してくれるモノを選ぶ

スリムなスーツと細いネクタイという、だれが見てもイチローらしいシャープさを感じさせるスーツスタイルには「mature(マチュア)=成熟」が感じられます。たとえば1着のスーツを手入れをしながら10年がたち、新品よりも貫禄が出ていたなら、それがマチュアといえるのであります。着れば着るほど味わいが深まる服こそが最上なのです。そこには時代を超えて通用する洗練美がなくてはなりません。

「とにかく物は大事にします。何かを買うとき、使い捨てでいいようなものは別として、長く持てるものを選びますよ。Tシャツ1枚にしても、スーツも、クルマもそうです。物持ちがいいというのは僕の特徴でしょうね」。イチローは「イチローにみる『勝者の発想』」(児玉光雄著、二見書房)の中で、そのように語っています。

野球にしろファッションにしろ、周囲に流されず、自分なりのスタイルを見つけ、確立することがとても重要です。同時に、そのスタイルを整えるための道具、つまりアイテムに愛情を注ぎ、大事に長持ちさせる心構えも欠かせません。自分にフィットする道具を使いながら、軸となるスタイルを磨き続けること。その先に、初めて「成熟」という味わい深い言葉が立ち現れるのです。

当然ながら、そのスタイルを支えるアイテムが長持ちする逸品でなければ、スタイルそのものの成熟はかないません。例えばスーツの中には10年20年と楽に着られるものもあります。その一方で、2年着ただけで飽きてしまうスーツも少なくありません。英国の上流階級では、2世代にわたって着ることのできるスーツが前提となっています。それこそが、世代を超えた基本スタイルの成熟を約束してくれるのです。それはスーツだけでなく、靴にもかばんにも同じことが言えるでしょう。

この一品は果たして、自分のスタイルの成熟に貢献してくれるのか否か。その一品自体が成熟するだけの潜在価値を持っているのか否か。これを見極める選球眼はファッションにおいて極めて大切なものであり、上手に見分けられる人にこそダンディーの資格があるのです。イチローはその選球眼を見事に実践しているといえましょう。

出石尚三
服飾評論家。1944年高松市生まれ。19歳の時に業界紙編集長と出会ったことをきっかけに服飾評論家の元で働き、ファッション記事を書き始める。23歳で独立。著書に「完本ブルー・ジーンズ」(新潮社)「ロレックスの秘密」(講談社)「男はなぜネクタイを結ぶのか」(新潮社)「フィリップ・マーロウのダンディズム」(集英社)などがある。
夏の装い直前講座
Watch Special 2020
Fashion Flash
夏の装い直前講座
Watch Special 2020
Fashion Flash