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元AKB48仲川遥香 インドネシアでなぜ大ブレーク

日経doors

2019/5/9

インドネシアの国民的アイドルとしての地位を築いた仲川遙香さん
日経doors

2012年までAKB48で活動していたものの、選抜メンバーにすら入れなかったタレント・女優の仲川遙香さん。だが、現在はインドネシアの国民的アイドルとしての地位を築いている。テレビ番組にはひっぱりだこで、出演したテレビCMは20本超とCM女王でもある。17年には英国のマーケティング会社が発表する「ツイッターで影響力がある世界の女性15人」の7位にランクインして、人気歌手のブリトニー・スピアーズや米国民主党議員のヒラリー・クリントンを上回った。日本ではさえないアイドルだった仲川さんが、国民的スターになれた理由とは?

■あっちゃんの卒業を機にジャカルタ行きを決意

現在、インドネシアで絶大な人気を誇る仲川遥香さん。無名だった7年前から、スターの座に駆け上がった背景には血のにじむ様な努力や涙ぐましい忍耐があったに違いない――。そんなこちらの予想とは裏腹に仲川さんは自身の人気について、あっけらかんとこう言い放つ。「インドネシアにまだ日本の芸能人がいなかったから。面白がってくれただけだと思います」

そんな苦労を人に見せない、底抜けの明るさが仲川さんの最大の武器だ。実際には、異国の地での活動は、想像を超えることばかりだった。それを持ち前の前向きな姿勢で乗り越えてきた。

インドネシアで活動していたJKT48への移籍は、自らの立候補がきっかけだ。AKB48としてデビューして6年がたったが、仕事もあまりなく、将来を思い悩む日々が続いていたという。そんな時、仲川さんの背中を強く押す出来事が起きた。それが、親友でもあり、当時AKB48のトップに上り詰めていた前田敦子さんのグループ卒業だ。

「彼女が大きな決断をしたのをはたから見て、私も次のステップに進もうと考えました」。そこで選んだのがインドネシアだった。「一度ジャカルタ公演に行ったことがあって、その時JKTのメンバーにも会いました。いい子ばかりで、とても楽しかった。次に頑張る場所はなんとなく日本じゃないなという気がして。海外に出て自分を試してみたいなと」。思いたつと即行動に出るという仲川さんは、プロデューサーの秋元康さんに直談判して、移籍の希望を伝えた。

■病気、言葉の壁・・・自信喪失した日々

 そして、12年の秋に降り立ったインドネシア。ただ、この地では驚きの連続だった。「日本とはすべてのことが違っていました。日本の当たり前が通じませんでした」

最初の洗礼を受けたのは、到着3日目だ。朝、鈍い腹痛で目が覚めると、猛烈な吐き気と腹痛に襲われた。アメーバ赤痢という日本では聞き慣れない病気に感染してしまったのだ。「苦しかったけれど、到着後すぐにこの国でポピュラーな病気になるなんて、歓迎されている証拠だと周囲から言われ、私も気持ちを切り替えました」

その後も言葉や文化の違いが大きな壁となって立ちはだかった。「言葉が通じないので、日本人スタッフとだけ行動し、メンバーとも打ち解けられませんでした。テレビ番組に出演しても、言葉が通じないので、うまく話すことができませんでした」。当然、アイドルとしての仕事もなかなか軌道に乗らなかった。

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