オーストラリアの「酒サムライ」 強い味でファン開拓
世界で急増!日本酒LOVE(10)

「酒サムライ」と呼ばれるオーストラリア人がいる。メルボルンで和風居酒屋や日本酒バーなど4店舗を運営し、オーストラリアで「獺祭」(山口県・旭酒造)のブランドアンバサダーとしてプロモーション活動もするアンドレ・ビショップさんだ。
日本各地の蔵元を訪問し、日本酒イベントにも参加。日豪両国で日本酒の普及に精力的に取り組む功績が認められて、2013年に「酒サムライ」の称号を授与された。
「酒サムライ」とは、日本酒造青年協議会が05年から毎年、日本酒の普及に貢献した人を数人選んで叙任している称号だ。過去の叙任者には、ソムリエの田崎真也氏、料亭「菊乃井」の当主・村田吉弘氏などが名を連ねている。
ビショップさんはオーストラリアではレストラン経営者としても有名だ。05年にオープンした「Golden Monkey」は07年、バーの新店を評価する「Australia's New Bar Of the Year」を受賞。その後、2年連続で「Best Bar in Australia」も受賞した(現在は売却している)。08年には、オーストラリア初の日本酒専門バー「Nihonshu Shochu & Sake Bar」を開店した。
11年にアジアの各国の料理を融合させたフュージョン居酒屋「KUMO(雲)」を開業した。日本酒だけで40種、小規模ワイナリーのワインなども含めるとアルコールの種類は計約70種取り扱う。同店もオーストラリアのグルメ関連の賞をいくつも受賞している。

ビショップさんは日本酒のプロフェッショナルを認定する資格「The Sake Education Council」の上級クラスを修了している。英語での日本酒講義を通して日本で認定するプロ資格で、オーストラリア人としては最初の修了者だ。その日本酒の専門スキルを生かし、日豪両国のレストランで酒リストの作成やスタッフトレーニングなどを手がけている。
「酒サムライ」としてテレビに出演し、雑誌の連載も持つビショップさん。日本酒や日本料理だけでなく、日本のカルチャー全般にも精通するが、「もともと日本のアニメ・オタクだったんです。特にガンダムが好きです」と笑う。

ビショップさんは10代から日本のアニメが大好きだったという。日本に関連することを何でも学んだが、成長とともに和食レストランにも行くようになった。
初めて行ったメルボルンの居酒屋で衝撃を受けた。「西洋料理店ではたいてい前菜・メインディッシュ・デザートと流れが決まっているが、居酒屋には和食だけじゃなく、中華風やイタリアンのメニューもあって、好きなものを1度にミックスで注文できたから、もう、大興奮!心底、感動しました」
オーストラリアでは18歳から飲酒できる。ビショップさんは20歳前後でワインやビールだけでなく、日本酒デビューも果たした。居酒屋で最初に味わった日本酒は純米酒と本醸造だった。
「まだ日本酒のことは詳しくなかったけれど、とても飲みやすくて、酒のストーリーが興味深いと思いました」とビショップさん。当時、メルボルンでは「黄桜」や「大関」、「男山」、「沢の鶴」、「月桂冠」などメジャーな銘柄が味わえたという。

オーストラリア人は強い味わい(Big Character)を好む。だから初めて日本酒を楽しむ際も、最初から重厚感のある純米酒を楽しむこともできるそうだ。「オーストラリアは多民族国家で、街にはタイ料理や韓国料理、インドカレーなど様々な個性的な料理が存在するので、普段から強い味に慣れているのです。またワイン文化も定着しているのでフレーバー・インパクトの強さがとても大事」
ビショップさんは1996年にバックパッカーとして、北海道から鹿児島まで日本中を旅した。地域ごとに小さな蔵元があり、地元でしか飲めない地酒があることを知った。「日本酒にも色々な味わいがあることや、酒米によってフレーバーが変わることも学びました。日本酒がいかに奥深くて素晴らしいものかを知り、とてもエキサイティングでした」
旅から戻り、故郷・メルボルンで日本とつながるビジネスとして99年から飲食店を始めた。当時のメルボルンでは、日本酒は和食店でしか飲めない貴重な高級酒で、種類も限られていた。そこで、豊富な種類の日本酒をそろえる日本酒バーやカジュアルに楽しめる居酒屋をオープンしたのだ。
ビショップさんは2003年以降、昔から客としてお気に入りだった「Izakaya Chuji(忠治)」のオーナーとなった。「ここが私の『酒ジャーニー(日本酒とともに歩む人生の旅路)』の始まりでした」と語る。

約20年間、日本酒ビジネスに携わってきたビショップさんは日本酒を取り巻く環境が変わってきていると指摘する。「世界的にも有名なトップシェフやトップソムリエ、外国人フードジャーナリストなどが、日本酒にとても注目しています。ペアリングの一つとして、SAKE(日本酒)を提案する機会が増えてきています」
「個性の強いワインだと、料理よりもワインが主役になってしまい、ワイン・ファーストになることもあります。日本酒は料理のうまさを引き出すサポート役として、とても優れています」とも話す。
自他ともに認めるフーディー(食通)であるビショップさんは何でも食べる。特に塩辛などの珍味が大好物で、生のウニなども味わうそうだ。これらは時に、ワインと合わせるのが難しいこともあり、「日本酒の方が料理とのストライクゾーンが広い」と考えている。

「獺祭」のオーストラリア・プロモーションの経験から、ビショップさんは外国人に支持される日本酒には、「Good Story, Good quality, Good Branding」の3つの要素が必要だと考えている。例えば「獺祭」には、一度潰れかかったにもかかわらず、大復活を遂げた蔵元の歴史がある。「酒の美しいアロマや味わいはもちろん大事ですが、海外の人はこういった心が熱くなるストーリーも大好き」だという。
また「獺祭 磨き二割三分」のように、精米歩合をそのまま商品ネーミングにした分かりやすさや、外国人でも発音しやすい「Dassai」というブランド名にしたことなども、多くの国や地域で人気となっている要因だと話す。
「フレンチレストランなどで、料理名がすごく長くて読みにくい時があります。お客様を困惑させるもの以外の何ものでもありません。日本酒も分かりやすいのがベター。注文もしやすいので」
オーストラリアでは現在、「生原酒」(加熱処理していなく、水で割っていないのでアルコール度数の高い酒)なども人気だという。世界的なビオワイン人気の影響も受けて、日本酒でも非加熱や蔵付き酵母など自然派がトレンドとなりつつある。ビショップさんはオーストラリアの外交官や政治関係者などに、日本酒のこうした特徴も含めて日本文化の楽しみ方をレクチャーしている。
とはいえ、酒店で日本酒がもっと売られるようになり、誰でも気軽に購入できるようにならないと、なかなか日本酒文化は定着しない。「ワインと同じように、日本酒ももっとスタンダードな酒として味わってもらいたい。まずは日本酒の教育活動を頑張らないと」とビショップさんは意気込む。
ビショップさんの一番の楽しみは日本各地の居酒屋で、ローカル客との会話を楽しむ時間だという。「日本酒は日本の文化の一部であることをいつも心に留めながら、日本酒普及のために今後も貢献していきたい」と酒サムライの酒ジャーニーはまだまだ続く。
(GreenCreate 国際きき酒師&サケ・エキスパート 滝口智子)
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