大畑大介さん 縮こまった心変えた平尾誠二さんの言葉元ラグビー日本代表 大畑大介さんに聞く(上)

日経Gooday

それまでは、代表になるためにリスクや恐怖心もなく、積極的に攻めるプレーや行動でチャンスをつかめていました。どうしても代表合宿に参加したいからラグビー協会に電話して参加させてもらったり、日本代表になるためならと、必死でいろんなことをやってきたんです。

でも代表になってケガをし、思うようにプレーできなくなった途端、代表の座を手放したくないという思いが強くなった。ミスしたくない、失敗したくないと、消極的なプレーをするようになってしまいました。

周囲の評価を気にする自分が現れ、悪く思われたくないと思うあまり、ジャッジをする人の目から少しでも外れるように縮こまり、しばらく自分自身をうまくコントロールすることができない感覚に陥りました。実力的に、代表当確線上ギリギリだったこともありますし、翌年の1999年にワードルドカップに出たいという思いがあったことも大きいです。

平尾監督に、自分の弱さを気付かされて…

そんなある日、当時の日本代表監督・平尾誠二さんに呼ばれて、「お前、どうしたいんや、どうなりたいんや」と言われました。「元々お前は完成しているプレーヤーではない。いびつな形の、だけど可能性をすごく秘めている選手だから、俺はお前のことを選んでるのに、そのいびつさをお前から取ったら魅力がなくなる」と。

そして、「最後にチャンスを与えるから、そこで自分自身をしっかりと表現できなかったら、次の代表に関しては考えさせてもらう」と言われました。最後通告であり、いかに自分が魅力のない選手になっていたかということに気付いた瞬間でした。

――どんなお返事をしたんですか?

「分かりました、やります。だからこの1試合で僕を評価してください」と。それから自分はどうしたいのか自問自答しました。代表の座をつかむまでは様々な方法でチャレンジして自分を表現してきたのに、その座をつかんだ途端、弱気になって自分自身を表現できていないことを情けなく思いました。

そして、平尾さんの最後通告で目が覚め、今持っているものをすべて出し切って、それで評価されなければ仕方ないと思うようにしたんです。そんな思いで競技場に立った時、すごくいいプレーをすることができました。メンタル1つで行動や結果が激変することを、勉強させてもらった時間でした。

(ライター 高島三幸、カメラマン 厚地健太郎)

大畑大介さん
1975年大阪生まれ。京都産業大学時代に日本代表として活躍、98年に神戸製鋼入社。2001年にはオーストラリアのノーザンサバーブ・クラブでプレーし、03年にはフランス・モンフェランに入団を果たす。03~04年シーズンからは神戸製鋼コベルコスティーラーズにプロ契約。その後日本代表キャプテンを務めるなどラグビー日本代表を牽引し、ワールドカップに2度(99年、03年)の出場を果たす。ラグビーワールドカップ 2019日本大会アンバサダーを務める 。所属事務所:ディンゴhttp://dingo.jpn.com/

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