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武家の人生の一瞬鮮やかに切り取る 朝井まかてさん 書いた本・読んだ本(2)朝井まかてさん

2019/4/18

切腹の手順を知らぬ武士もいたなど、驚愕の逸話も盛りだくさん。「戦国時代の生き残りは、主君が死ぬと追腹(おいばら)を切りたがった。戦の世の遺風を払うべく、江戸幕府はその習慣を禁じたので、切腹の作法も伝わらなくなったんです」。そうした「意外な史実」を盛り込むことは、執筆の大きな楽しみだそう。

表題作『草々不一』は、漢字を読めない隠居侍・前原忠左衛門の物語。「武士にも没字漢(文字を知らない人)がいたとの史実が面白くて、主人公に据えました」

「学問は武士に要らざる長物」が口癖の忠左衛門が、亡き妻の手紙を読もうと手習い塾に通う。年端もいかぬ子供たちと机を並べ、読み書きを続けるなか、それまで知り得なかった学びの喜びに浸る姿にほろりと来る。

「忠左衛門を突き動かしたのは妻の真情を探りたいとの切迫した思い。心の赴くまま、あみだくじに導かれるように予定外の筋書きも受け入れる。それが第2の人生を楽しむコツかもしれません」

「短編は長編の要約ではなく、人生の一瞬を切り取ったもの」と朝井さん。その鮮やかな手腕が生む、落語の人情噺(ばなし)を聞くような心地よいリズム、悲喜こもごものストーリー展開の妙を心ゆくまで楽しみたい。

読んだ本
葉室麟著『曙光を旅する』(朝日新聞出版)
西日本各地を巡って著した遺作紀行集。「土地の由来や風俗にスポットを当てることで歴史的事実の背景を読み解き、日本の近代化を論考。葉室さんの深遠な歴史観が伝わってきて、何度も読み返しています」

チェーホフ著『新訳 チェーホフ短篇集』(沼野充義訳、集英社)
翻訳者の沼野充義さんはロシア文学研究者にして名随筆家。「チェーホフの作品はもちろん、沼野さんの解説文も秀逸。名作『かわいい』の結末をチェーホフがどう書き換えたかなどの経緯も記され、楽しめます」

(籏智優子)

朝井まかて
1959年、大阪府生まれ。2008年『実さえ花さえ』でデビュー。14年、明治時代の歌人・中島歌子の生涯を描いた『恋歌』で直木賞受賞。その他の著書に『眩くらら』『雲上雲下』など。

[日経おとなのOFF2019年2月号の記事を再構成]

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