女性活躍の推進 意味を知れば働きやすさは進化する
女性活躍推進法の全面施行から3年。日本経済新聞社の調査では職場の対応が「進んでいる」は4割未満。ただ、女性の活躍推進の背景を「説明できる」人では、この割合が7割を超え、働きやすさの実感が高い。活躍の意味を知ると変化は進む。
職場で対応「進んでいる」4割足らず
女性活躍推進法の施行を巡り、働く人からは「女性に気を使いすぎて不公平感が生まれた」(製造業、49歳の男性)など不満が聞こえる。日本企業の多くは男性優位だっただけに、女性の活躍には意識改革が不可欠。理由が分からなければ、不満が高まりやすい。
果たして、「女性の活躍推進」の理由や背景は、どのくらい理解されているのか。従業員300人以上の企業で働く男女に聞くと「知らない」が56.4%と半数を超えた。一方で研修による啓発など近年の企業の取り組み成果を映すように「(理由や背景を)知っていて人に説明できる」も9.4%となった。
説明できるグループの人は、勤務先が女性の活躍推進に積極的だ。「職場で女性の活躍を推進するための対応が進んでいるか」を聞くと、全体では時期や度合いを問わず「(対応が)進んでいる」を合計した割合は38.4%と4割足らず。説明できるグループでは73.4%に高まる。
「女性の活躍推進による職場の変化」(複数回答)も同様の傾向だ。全体では「育児をしながら働く女性が増えた」(27.4%)が最多。これに「管理職への女性の起用が増えた」(18.8%)が続く。
管理職起用は説明できるグループでは37.3%に上昇。さらに差が開くのが「経営層や会社から女性活躍やダイバーシティ推進を説くメッセージが増えた」との項目だ。同グループでは42.7%で、全体(14.1%)を30ポイント近く上回る。
先進企業では管理職への対応が進む。「『無意識の偏見』の研修を受けて、改めて内なる偏見を自覚し部下との対話が必要だと感じた」。第一生命保険団体保障事業部部長の井上大輔さん(45)はそう話す。同社は日本経済新聞社と女性誌「日経ウーマン」による「女性が活躍する会社」2017年版の首位だ。
納得感を重視、やる気引き出す
「女性に能力を発揮してもらわないと、うちの部は発展しない」。井上さんは団体保険事務企画課長を兼務し、21人の部下の半数弱が女性。育児で短時間勤務などを使う人もいる。同課は保険契約をはじめ様々な業務にまつわる事務の企画や設計で常に複数のプロジェクトが進む。井上さんはその都度、担当を決める。
「育児や介護など制約のある人には、どうしても負担の少ない仕事を任せた方がいいのでは、と思いがち」(井上さん)。だが、在宅勤務で進めやすい仕事を任せ、「大規模プロジェクトに参加したかった」といわれたことも。「やる気を引き出すには部下の納得感が大事。その方が成果が高まる」と研修で再認識した個別対応を意識して仕事の采配を工夫する。
企業の育児支援策が充実し、ママ社員増加など人員構成が変わってきた。女性の活躍推進による職場の変化は自身の働きやすさにどう影響しているか。
調査への回答で「働きやすくなった」と「やや働きやすくなった」の合計は16.7%。その理由は、「残業の減少と休日の増加」(サービス業・56歳の男性)のほか、「男女両方の価値観が生かされ、より顧客ニーズにこたえられている」(運輸業・郵便業、38歳の男性)、「課長職になる女性も出て来て、先々のキャリア形成に希望を持てるようになった」(通信業、28歳の女性)などが挙がった。
活躍推進の背景を説明できるグループでは、働きやすくなった割合が合計で46.6%と5割近くに。職場の変化では「全社的に残業が減った」(24%)や「全社的にフレックス勤務など柔軟な勤務の利用が進んだ」(20%)などで全体を10ポイント以上上回った。
利害や不安に対応、女性の活躍促す
ダイバーシティ・マネジメントに詳しい立教大学の尾崎俊哉教授は「男性も、女性が活躍するための施策を通じて具体的メリットを実感できると、改めて理由を振り返り、女性活躍推進法に対する認識が深まるのではないか」とみる。
尾崎教授によると「育児休業や残業管理のしわ寄せと管理職ポストの競争激化」が問題になりがち。「総合職への職種転換や昇進を望まない女性社員にもプレッシャーがかかる」(尾崎教授)。女性の活躍を促すには、性別や職位などのグループごとに、関連施策によって生じる利害やその背景にある不安、勘違いなどを明らかにして対応できれば効果的だという。
尾崎教授の独自調査でも、経営層の理解が不十分で人事部門に丸投げといった企業が見られたという。「数年先に、業績を含めて企業の明暗がハッキリ分かれる可能性が高い」と改めて経営課題として女性の活躍推進へ取り組むよう、強調している。
政府は3月8日、女性活躍推進法の改正案を閣議決定した。行動計画策定と情報公表の対象を従業員101人以上の企業まで拡大することなどを盛り込んだ。外部で比較しやすいような公表情報の充実や、企業の行動計画の進捗状況把握は課題が残る。
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実態「見える化」意義大きく
女性の動向が経済成長を左右するという考え方「ウーマノミクス」を広めた立役者、ゴールドマン・サックス証券のキャシー松井・副会長に、現状の評価と課題を聞いた。
――女性活躍推進法の効果をどう見るか。
同法は初めて、企業にジェンダー・ダイバーシティ(人材の多様性)関連の情報開示を義務付けた。罰則がない点や同業種横並びで項目を比べられない点など課題はある。それでも女性の活躍実態を「見える化」した意義は大きい。この国のダイバーシティを改善したいなら実態把握が目標設定に不可欠だからだ。
2012年に内閣府の検討会で情報開示義務化を求めた際は、人事部の負担増などを理由に猛反対にあった。13年にウーマノミクスが国の成長戦略に織り込まれ、風向きが変わった。女性の問題がそれまでの人権など社会政策から初めて経済の文脈に位置づけられた。経営陣や学生は意識が変わり始めている。
――だが、今回の調査で「日本はまだ女性が仕事で能力発揮をしにくい社会だと思う」に「当てはまる」または「まあ当てはまる」と答えた割合は79%を占めた。
ダイバーシティの変化は短距離走でなくマラソン。5年で変わるようなものではない。だが状況は動き出した。女性の就業率は米国より高い。
日本は資源がない国で人口減で資本も減っていく。成長に有効なものは人材しかない。企業は優秀な人材の確保が必須だが人事評価でいまだに「○年入社」という時間軸が聞かれる。同質性重視では低成長期にイノベーティブなことが起きる確率は低い。
――女性の活躍推進へ、企業は何をすべきか。
キャリアサポートだ。女性は結婚、出産、介護などで負担を抱えがち。優秀なら早い段階でストレッチアサインメント(高難度業務の付与)によりチャレンジングな仕事を与える必要がある。「皆と一緒」では妊娠などライフイベントを迎えた際に職場に残る誘因が弱まり、そちらに引っ張られて離職しかねない。
日本の企業は女性に「やさしすぎる」ところもある。男性陣との競争レースに勝てるキャリアマネジメントを考えないと。女性たちを最低のポストではなく、役員ポストに就くように育てるべきだ。
――キャリア形成に向けて女性たちへの助言は。
もっと自信を持ってほしい。昇進を打診されたら、すぐ断るのでなく、なぜ自分のところに話が来たのか考えてみてほしい。完璧な候補者はいない。会社はその職務を満たす要件を検討したうえで、あなたにお願いしている。
――育児との両立で昇進に二の足を踏む人は多い。
子育て中はオフィスでも自宅でも罪悪感を抱えがちだ。私はワークライフバランスという言葉が嫌い。月曜はこう、火曜はこうと均衡水準を意識している。片付かない部屋でファストフードを食べる日もあっていい、健康ならば。ストレスの種を減らそう。
若い男性は「ライフのための仕事」をするように価値観が変わってきている。仕事とライフの両立は女性だけの問題という時代は終わった。この点も光明となろう。
[日本経済新聞朝刊2019年4月8日付]
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