子と読む『アリーテ姫の冒険』 面白くジェンダー理解
1983年、イギリスの小さな出版社から発行され大人気になったお姫様の物語『アリーテ姫の冒険』。日本でも一度ベストセラーになったものが、2018年、横浜市男女共同参画推進協会の監訳で復刊されて再び話題になっています。女性の働き方に詳しい研究者でジャーナリストの治部れんげ氏が、ご子息と一緒にジェンダー(男女の社会的性差)の視点から分析します。
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自分らしく生きるお姫様『アリーテ姫の冒険』
子どもが小さいとき、とりわけ娘がいる方は「お姫様」が登場するお話を読んであげたことがあるはずです。白雪姫、シンデレラ、おやゆび姫……。
今回、ご紹介する「『アリーテ姫の冒険』は、そうした昔ながらのお姫様物語とは、全く違っています。昔ながらのお姫様物語が「女はこうあるべき」という考え方(これをジェンダー規範と呼びます)を強化するのに対し、アリーテ姫のお話はそれを打ち破り「自分らしく生きる」お姫様像を描きます。その生き方は、発行から35年経ってなお、私たちの目に新鮮に映るのです。
まずはストーリーをご紹介しましょう。アリーテ姫は母を亡くし、父である王様と一緒にお城で暮らしています。王様は宝石などを集めることに熱心で、娘のことは放ったらかし。家庭教師は男尊女卑を体現したような人物で、姫が自分より知識が豊富なのを知ると怒り出します。
姫はすぐに「わたしはこう思います……」と自分の考えを話すため、家庭教師とけんかになってしまうのでした。
姫が賢いことを知った王様の反応は次のようなものでした。
王さまは持っていた宝石を落とさんばかりに、おどろきました。
「まさか。そんなはずはない。だが、もしそうだとしたら…。嫁のもらいてがないではないか」
『アリーテ姫の冒険』より引用
こんな具合に、やや極端なほどに「女はこうあるべき」という決めつけ、思い込みの強い人たちが登場し、アリーテ姫を抑圧しようとします。その後、姫は王様の勧めで王子様たちと会いますが、結婚に全く興味がない姫は話に乗ってきません。
王様は宝石と引き換えに姫を魔法使いに売り渡してしまうと、魔法使いは姫を暗い地下室に閉じ込めます。そして、難題を与えてそれが解けないと首をはねてしまう、と脅します。姫は一体、どうなるのでしょうか。
ここから先のネタバレは避けますので、ぜひ、本を読んでみてください。
アリーテ姫の物語が「女性像の描き方」「ジェンダー規範」であることは明らかです。今回は単純に感想を聞くのではなく、息子に手順を踏んでジェンダーの視点から分析してもらいました。単純に「面白かった」と読み流すのではなく、フレームワークを使って物語を読み解くと、理解が深まる上、思考力や表現力のトレーニングにもなります。
フレームワークで物語を読み解く
以下に私と息子で行った作業を記しますので、ご自宅でお子さんや姪御さん、甥御さんなどと一緒に「アリーテ姫のジェンダー分析」をしてみたい方は、参考にしてみて下さい。
息子と行ったワークフロー
ステップ1:物語を読む/読み聞かせる
まず、息子(小学4年生)には『アリーテ姫の冒険』を自分で読んでもらいました。多くの漢字にはルビが振ってありますが、まだ自分で読むのが難しそうな場合は、読んであげてもいいと思います。娘(小学1年生)に読んであげると「続きも読んで」「もっと!」と言われて、結局、本文92ページを数時間かけて1日で読んでしまいました。大人が読んでも非常に面白いお話です。
ステップ2:印象に残った部分に印をつける
続いて、本の中で特に印象に残った部分にふせんを貼ってもらいました。その際「ジェンダーの観点から悪い」描写には緑色、「ジェンダーの観点から良い」描写には黄色、「ジェンダーは関係なく面白い」部分には赤いふせんを貼るようにしました。3分類くらいが分かりやすいと思いますが、何か基準を決めて色分けすると、子どもなりに考えながら貼っていくので「面白かった!」から一段深めた読解ができます。
ステップ3:自分の言葉で整理する
私がエクセル表を開き、最初の行に「ページ数」「ジェンダー観点から悪い」「ジェンダー観点から良い」「ジェンダー関係なく面白い」と入力しました。その後、ステップ2で貼ったふせんを見ながら、息子に表の中身を作ってもらいました。エクセル表の入力から自分でできるお子さんもいると思いますし、キーボード操作が難しいお子さんの場合は、表の中身を埋めていく作業を大人と一緒に話し合いながらやっても良いでしょう。
例えば、表の3行目に、息子は『アリーテ姫』本13ページについて「ジェンダー観点から悪い」要素を抜き出しています。
ここには、アリーテ姫が「わたしは結婚なんかしたくありません」と王様に言うシーンが描かれています。これを聞いた王様は「結婚したくないだと。なんとばかなことを。どこの王女もみんな結婚するのだ。女が結婚しないで、いったいほかになにができるというのだ(以下略)」と発言します。息子は太線部を引用していました。
重要なのは、本のどの部分を引用すべきか、最も適当な部分を探し出したり、要点をまとめたりするのを子ども自身が考えながら進めることです。この作業を通じて、ぼんやりとしたイメージが焦点の定まったものになっていきます。
さらに分析して読解力、表現力を養う
3で抜き出したりまとめたりした部分について、特に印象に残った3カ所について、手書きで意見を記してもらいました。
例えば、息子はこんなことを書いていました。
〇「女はやさしくかわいいのがいい」というのは、男だってきたえなければ弱いし、かしこければ王に助言して国が良くなるからこそ、やさしくかわいいだけじゃだめだと思う。(12ページについて)
〇「女がけっこんしないでなにができるというのだ」女はけっこんしないと生きているいみがないといっていることと同じだ。でも女だって仕事をできるし男だってけっこんしなきゃしそんをのこせないから、女だけにいうのはおかしいし、そもそもそういうことはいわない方がいい」(13ページについて)
〇「ほうりつで、父がけっこんを決めたら、むすめはそれにさからえないという所は、そもそも父がめいれいしたらむすめがさからえない、だから父にしかめいれいけんがなくて母にはない。むすこはさからっていいけれど、むすめはさからえない。そもそもさからうのは自由だけど「父がめいれいしたらむすこはさからえない」を男女平どうになるように書けばおやがめいれいしたら子どもはさからえないのほうがいい」(21ページについて。原文波線を引用時太線に)
まとめてみますと、息子が印象に残ったのは、主に親子関係における男女不平等だったようです。女は優しくてかわいいのがいい。女は結婚しなくては人生に意味がない。娘は父親に従わなければいけない――。家父長制の家族をほうふつさせるものから、今も日常生活に残る暗黙のルールまで、様々な形で「女らしさ」の決めつけが表現されています。
これに違和感を覚えるかどうかは「ジェンダー」というフレームワークを知っているかどうか、という知識の問題と、人間は属性によらず平等であるべきだ、という人権意識の問題があります。
『アリーテ姫の冒険』は、楽しく読むだけでなく、こんなふうに子どもと一緒に分析してみることで、読解力、思考力、表現力を養う教材にもできます。特にジェンダーや人権は、今や国際社会では基礎教養と言える知識ですから、早いうちから伝えておくと良いと思います。
ジャーナリスト。小学生の息子・娘の母。1997年一橋大学法学部卒業後、日経BP社入社。経済誌の記者を務める。2006~07年ミシガン大学客員研究員としてアメリカの共働き子育て先進事例を調査。14年からフリーに。2018年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。著書に『稼ぐ妻・育てる夫―夫婦の戦略的役割交換』(勁草書房)、『ふたりの子育てルール』(PHP研究所)、『炎上しない企業情報発信 ジェンダーはビジネスの新教養である』(日本経済新聞出版社)。現在、東京大学大学院情報学環客員研究員、昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。東京都男女平等参画審議会委員、日本政府主催の「国際女性会議WAW!」アドバイザーズメンバー。一般財団法人女性労働協会評議員。公益財団法人ジョイセフ理事。
[日経DUAL2019年1月17日付けの掲載記事を基に再構成]
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