人がいるところにネズミあり 彼らと縁は切れるのか?
2050年には、全世界の人口の約7割が都市部に住むとの予測があり、人口はますます都市へと集中しそうだ。人間が集まる場所にはネズミも集まる。都市でゴミをあさって生きる彼らは、人間活動を映し出す鏡とも言える存在だ。ナショナル ジオグラフィック2019年4月号では、そんなネズミたちと人間のこれからの関係に迫っている。
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ネズミは、人間の影のような存在だ。人間は都会の地上で暮らし、ネズミはたいてい地下にいる。
人は昼に働くが、ネズミは夜に活動する。ドブネズミは下水管を巧みにはい上って便器の中から鼻を突き出し、クマネズミは樹上に巣を作って電線の上を歩き回る。
世界各地の都市部ではネズミが増え続けている。過去10年間で15~20%も増えたという推計もある。人間のすぐそばで暮らす生き物のなかでも、ネズミは最も嫌われていると言っていいだろう。不潔でずる賢く、荒廃した都会の象徴であり、病原体の運び屋というイメージもつきまとう。人間はネズミに恐怖と嫌悪を感じ、忌み嫌っているのだ。
だが、ネズミは本当に悪い生き物だろうか。私たちが嫌うネズミの特徴・汚さや驚異的な繁殖力、そして不屈の生存能力は、人間との共通点でもある。実際、ネズミは人間の出すごみや食べ残しをあさって生きているのだから、そもそも人間こそが汚いと言えなくもない。
「ネズミは人間そのものです」。こう話すのは、米ニューヨーク市でげっ歯類を研究するボビー・コリガンだ。
ロングアイランドで育ったコリガンは、都会のネズミに詳しい専門家だ。1981年から研究を続け、世界各地の都市や企業から相談を受けている。
ニューヨーク市民は、犬ほどもある大きなネズミを目撃したと冗談を言い合うのが好きだ。しかし、これは都市伝説だ。事実、コリガンがこれまで耳にした最大の個体は、体重816グラムのイラク産のネズミだ。
ところで、ニューヨークで最も数が多いのはドブネズミ(Rattus norvegicus)だ。ドブネズミは穴にすむ動物で、体のなかでは頭骨が最も大きいため、それより幅の広い場所ならどこにでも入り込める。家族単位で暮らし、一度に2~14匹の子を産む。巣は比較的清潔に保ち、小さな縄張りをつくって動き回る。子は生後10週間ほどで性的に成熟し、群れから離れて繁殖相手を探す。
コリガンとネズミ探しに出ると、ニューヨーク市庁舎のそばにある花壇の上を慎重に歩き、ブーツ越しに地面の感触を確かめる。地中に穴がある場所を探し当てると、何度かその上で大きく飛び跳ねた。たちまち1匹のネズミが近くの穴から飛び出し、慌てて逃げ出す。私は少しかわいそうな気がした。とはいえ、多くのニューヨーク市民は市内からネズミを一掃したいと思っている。
ちょうど1週間前、ニューヨーク市長のビル・デブラシオが、公営住宅のネズミを徹底的に駆除する新計画を発表したところだった。同市は3200万ドル(約35億円)を投じ、ネズミが最も多い地区で最大7割を駆除する予定だ。
多くの都市で、殺鼠剤(さっそざい)による駆除が行われている。だが実は、即効性の殺鼠剤は役に立たない。殺鼠剤入りの餌を1口か2口かじって気分が悪くなると、ネズミは食べるのをやめてしまう。
そこで駆除業者が使っているのが、抗凝血剤だ。食べても数時間は効果が表れず、数日間生き続けた後、内出血によりゆっくりと死んでいく。コリガンはこんな方法でネズミを殺したくはないが、感染症の蔓延(まんえん)を防ぐため、各所に専門知識を提供している。
実際ネズミを根絶するのは不可能に近い。一部の地区で殺鼠剤を使って駆除しても、生き残ったネズミがまたすぐ繁殖し、夜な夜な市内のごみをあさっていると、コリガンは話す。各都市がごみの処理方法を抜本的に改めない限り、「この闘いはネズミが勝ち続けます」。
ドブネズミの起源はアジアの草原地帯だったとみられている。ネズミたちはそこで、人間の近くにいれば食料に困らないことを学習した。やがてシルクロードに沿って生息域を拡大し、1500年頃までにはヨーロッパの一部に到達。1750年代、現在の米国にすみついた。
クマネズミ(Rattus rattus)も、世界各地に生息する。インド亜大陸で出現し、農業が発明された頃には人間の集落にすみついたようだ。そして紀元300年頃、ヨーロッパに到達した。
クマネズミとドブネズミは、探検家や商人とともに移動し、人間の捨てるごみを餌にしたり、食料を盗んだりするようになった。現在もアフリカの平均的な農家では、収穫物の15%がネズミの被害に遭っている。アジアでは毎年、ネズミをはじめとするげっ歯類が2億人分もの米を食べてしまう。
環境保護活動家たちは殺鼠剤を使い、より大きな島へと駆除の範囲を広げていった。今までに最も多くのネズミが駆除された島は、南大西洋に浮かぶ面積3900平方キロのサウスジョージア島だ。
この島では約14億円の費用と5年の歳月をかけて約300トンの殺鼠剤が散布され、2018年5月、ネズミの根絶が宣言された。これで多くの海鳥の生息数が急増すると、保護活動家たちは期待する。
ニュージーランドはさらに壮大な計画を構想中だ。面積約26万平方キロの国土全体でネズミを根絶し、キーウィをはじめとする希少な在来種の鳥を守ろうとしている。
(文 エマ・マリス、写真 チャーリー・ハミルトン・ジェームズ、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック日本版 2019年4月号の記事を再構成]
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