小熊さんは「高齢期においては、動かないでじっとしている時間を少しでも減らし、歩行時間を無理なく増やすことがとても大切」だとアドバイス。特に高齢期は座り時間が長くなりがちだが、この対策としては、1時間に1回を目安に、適宜立ち上がってブレイク(中断)タイムを取り、こまめに動くことを心掛けるのがお勧めだという。

歩数の目安は、年代ごとに変わってくる。健康日本21[注1]が示す65歳以上の目標歩数は、男性で7000歩、女性で6000歩。だが、国民健康・栄養調査における平均値(2017年)で見ると、60歳代が男性6744歩、女性5841歩なのに対し、70歳代以上になると男性5219歩、女性4368歩と1500歩程度少なくなる。2000歩でも寝たきり予防にはなるというデータもあるので、年代ごとの平均歩数を参考に無理なく歩こう。
同調査の身体測定ではこのほか、5mの歩行速度や、握力、開眼片足立ちなどにより、身体機能を調べている。中でも握力は、簡易に測定可能であり、様々な研究で、がんや心筋梗塞、脳卒中などの疾病や、死亡率の上昇と関連することが指摘されている重要な指標。「握力そのものを鍛えるというより、下肢を含め全身の大きな筋肉を無理なく鍛え、適度な握力を維持できる生活を心掛けることで、健康寿命を延ばすことができる」と小熊さん。小熊さんが藤沢市の老人会などで介入調査を続けている「プラス・テン体操」[注2]など、手軽な体操を続けてほしいと語った。
自分が楽しめる趣味の活動に参加しよう
とはいえ、高齢期になれば、持病を抱え、病院通いが欠かせないという人も少なくない。病気があるかどうかにかかわらず、高齢になっても、身体的、精神的、社会的に良好な状態=ウェルビーイングを保ち続けるためのキーワードとして近年、注目されているのが、「ソーシャルキャピタル」だ。
これは社会・地域における人々の信頼関係や結びつきを表す概念。米ハーバード大学教授のイチロー・カワチさんらによる、人を信頼する人の割合の多さと平均寿命が相関することを示したOECD(経済協力開発機構)参加各国の研究をはじめ、ソーシャルキャピタルが高齢期のウェルビーイングに貢献することを示す研究が国内外で増えている。

このソーシャルキャピタルと高齢者の幸福感について調べているのが、慶應義塾大学理工学部外国語・総合教育教室教授の高山緑さん。高山さんが2015年から川崎市中原区で行っている慶應─川崎エイジング・スタディ(70~80歳代:対象)の分析によると、参加者の約7割は町内会・自治体、趣味の会、老人会・老人クラブ、スポーツ・健康の会、退職者の組織、ボランティア、学習・教養の会などの活動に参加していた。そして、こうした社会参加活動をしている群の幸福度が5点満点で平均3.9点だったのに対し、参加していない群は同3.5点と、社会参加活動をしている群の方が、幸福感が有意に高いことが分かったという。
また、高齢期の人付き合いについても注目すべき結果がある。「地域で親戚以外に親しい人はいるか」という質問で、「いない」と答えた群に1年半後に同じ質問をしたところ、25%の人が今度は「いる」と回答した。高山さんによると、新しい付き合いが生まれた人の群は、生まれなかった群に比べ、「地域のイベントに参加している」「地域への愛着が強い」「外向性が高い」という傾向が強かったという。高齢者も参加できる地域イベントがある、高齢者が地域への愛着を持てるという環境によって、80代になっても新しい知人や付き合いができる可能性が分かってきたのだ。
このほか、高山さんは、社会参加活動の中でも、特に自分が楽しい、大切と感じる社会参加活動を行うことが、認知機能を豊かに保つための秘訣であると解説。最後に、「たとえ身体機能が衰えても、公共のスペース・施設や、参加したいと思える地域プログラムなどを充実させ、地域環境を整えることによって、高齢者が社会参加活動を維持することができ、ウェルビーイング、幸福感も維持できる可能性がある」と締めくくった。
[注1]健康増進法に基づいて策定された国民の健康増進を図るための基本方針
[注2]「プラス・テン体操」:有酸素運動、筋力増強運動、ストレッチ体操、バランス運動を取り入れた10分でできる体操。体力のない人は椅子に座っても行える。ホームページ「ふじさわプラス・テン」(http://www.plusten.sfc.keio.ac.jp/tool/movie/)でやり方を紹介している。
(医療健康ジャーナリスト 新村直子、図版作成 増田真一)


