「非情の山」K2山頂からのスキー滑降 初成功の物語

日経ナショナル ジオグラフィック社

2019/3/27
午前4時、頂上への最後の挑戦を始める。その7時間半後、バルギエル氏はたったひとりでスキーを持って頂上に立っていた(PHOTOGRAPH COURTESY, ANDRZEJ BARGIEL)

2017年の夏は、2人ともK2への挑戦を果たすことができなかった。そもそも、K2を登頂すること自体が難しいのだ。

バルギエル氏は、弟のバルテク氏の操縦するドローンで事前調査し、予定しているルートを半分まで登り、嵐に備える避難用の穴を掘った。また、1日の気温変動に雪や氷河がどう反応するかを研究し、障害物を回避するために必要なタイミングやポジショニングを頭に叩き込んだ。雪山には、今にも崩れそうなセラック(クレバスで断ち切れた氷の塔)がいたるところに潜んでいる。ちなみに、2008年、このセラックが1本崩落したために11人の登山者が命を落としている。

「K2への登山経験がある登山家やガイドと話をすると、『絶対に無理だ』と言われます」と、ダベンポート氏は言う。

バルギエル氏は、「私が成功すると信じる人は、まずいませんでした。一度目の失敗の後は、なおさら信じてもらえませんでしたね」と明かす。

バルギエル氏は、過去に標高8000メートル以上の山を3度制覇し、2017年にはK2でのスキー滑降に挑戦したが、途中で断念した。その経験を活かし、準備万端で山に挑んだ(PHOTOGRAPH BY MAREK OGIEN, RED BULL)

バルギエル氏は2018年に再びK2へと戻る。最寄りの村からベースキャンプまで110キロの道のりを歩き、そこで天候の回復を待った。幸い2018年は、K2へ登るには適した年だった。7月19日、バルギエル氏は酸素ボンベも持たずに頂上を目指して出発。7月22日午前11時28分、彼はスキーを持って単独で世界第2の山の頂上に立った。

風に飛ばされないように注意しながら、スキー板を荷物からほどく。板の表面には、両親、3人の姉妹、7人の兄弟のイニシャルが書かれていた。だが、登頂した感慨にふける暇はない。スキー板を装着し、傾斜50~55度の急な氷の斜面を慎重に滑り降りた。準備している時には不安に襲われることもあったが、実際に滑っている間は「すべての恐れが消えていました。心の中は落ち着いて、完全に集中できました」と、バルギエル氏は後に語っている。

極限状態でスキーをするには、それだけ強靭な集中力が必要とされる。「転倒は、死を意味します。遺体すら発見されません」。2009年にK2で2度目のスキー滑降に挑戦した米国人のデイブ・ワトソン氏は言う。このとき、ワトソン氏は標高8352メートルの地点で胸まで届く深い不安定な雪に阻まれて滑降を断念した。

空気は薄く、バルギエル氏はカーブを曲がるたびに立ち止まって息を整えながら、標高7689メートルまで順調に下ってきた。ここから先は、キャンプや固定されたロープがあるメインの登山ルートを外れ、誰も足を踏み入れたことのない未知の領域へ分け入る。既存の一本道を行くのではなく、4本の登山道を結ぶ独自のルートを事前に描いてあったのだ。危険な道のりだった。

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