海水飲めないウミヘビ、どうやって水分補給?
多くのセグロウミヘビは、一生を海で過ごす。めったに陸には上がらない。しかし他の爬虫類と同じように、セグロウミヘビも生きるために水を飲まねばならない。常に海水に囲まれた状態で、一体どうやって喉を潤すのだろうか? 2019年2月7日付けの学術誌「PLOS ONE」に、その謎の一端を解き明かした研究が発表された。
セグロウミヘビはかつて、周囲の海水をそのまま飲むのだと思われていた。「教科書的には、ウミヘビは海水を飲み、余った塩分を舌下の塩類腺から排出しているとされてきました」と、米国フロリダ大学の生物学者、ハービー・リリーホワイト氏は説明する。
これが誤りだということは、近年の研究でわかってきていた。そして、新たな論文によると、セグロウミヘビ(Hydrophis platurus)は、海面に溜まる雨水を飲んでいるらしいことがわかった。
見渡す限り水なのに…
リリーホワイト氏らのこれまでの研究から、多くの種のウミヘビが、たとえ脱水状態にあったとしても塩水を飲まないことが示されてきた。たしかにウミヘビには塩分を排出する腺があるが、体の大きさのわりに小さく、塩分を排出するのに時間がかかるので、海水から必要な量の淡水は得られない。
そこで2017年5月、リリーホワイト氏らはウミヘビを調査するため、コスタリカに赴いた。調査期間中、6カ月に及んだ乾期が、豪雨によって突然終わりを告げた。研究者たちは、豪雨の前後に、合わせて99匹のウミヘビを捕獲した。
彼らはウミヘビを実験室に連れ帰り、真水を与えた。雨の前に捕獲された個体の8割は水を飲んだが、その後5日間続いた雨天の日に捕獲された個体では、水を飲む個体の割合は日を追うごとに下がった。最終的には、新しく捕獲されたウミヘビのうち1割ほどしか水を飲まなかった。ほんの数日間で、驚くような変化だ。
「ウミヘビが水を飲むのは、喉が渇いているからです」とリリーホワイト氏は言う。「喉が渇いていれば、すなわち脱水状態です。乾期の間、海で捕まえたウミヘビが脱水状態にあるのなら、古い教科書に書かれていたように『海水を飲む』ことはしていないと考えるべきです」
淡水に依存するウミヘビ
乾期から雨期への移行にともなって脱水状態のウミヘビは減ったのだから、その間にウミヘビたちは喉の渇きを癒やしていたはずだ。雨が降ると海表面の塩分濃度が下がり、一時的に、海水と混ざらない淡水の層のようなものができる。塩分濃度が十分に低ければ、ウミヘビたちはその水を飲めるようになり、何カ月にも及ぶ水なし生活の後、初めて水分補給ができる。
この結果は、ウミヘビは海水中に生息するにもかかわらず淡水に依存するという、飼育下での観察結果を裏付けるものだ。今回の研究で、野生のセグロウミヘビが生命を維持するために、雨という一時的な天候条件を利用していることを示している。
「とても面白い研究だと思いました」と、オーストラリア海洋科学研究所の海洋生態学者で、今回の調査には関わっていないビナイ・ウドゥヤワー氏は話す。「なかなか見ることができないウミヘビの生態に関して、興味深い知見を加えてくれました」
ウドゥヤワー氏は、今回の研究は、海水中で一生を過ごすウミヘビ科のヘビにとっても、淡水が非常に重要であることを示すものだと考える。
淡水へのこうした依存は、「ウミヘビの生息範囲を制限することになります。ウミヘビの個体群はたいてい非常にまばらで、河口や湧き水があるところなど、淡水が多い場所で見つかるものです」と同氏は言う。
ウミヘビは雨を追いかけるか
ウドゥヤワー氏が言うには、セグロウミヘビのように外洋の海流に流される生物は、こうした陸の水源から遠く離れた場所で水分を補給する方法を見つけなければならない。今回の研究結果は、セグロウミヘビがどうやって長期間、海で生存することができるのかを示すだけでなく、他の海洋脊椎動物が喉の渇きを癒やす方法をも示唆するものだ。
だが、嵐のような一過性の天候に依存することは、地球規模で気候変動が進行する中にあっては、なおのことリスクが高いはずだ。今後、より長く深刻な干ばつが起こることも予測されている。命をつなぐための雨がなければ、ウミヘビたちは脱水で死んでしまうかもしれないとリリーホワイト氏は言う。
次の重要なステップは、ウミヘビが外洋で水を飲むところを実際に観察することだが、むろん、こうした場面に出会うことはきわめて難しい。
スリランカのラジャラタ大学の進化生物学者、カニシュカ・ウクウェラ氏は、今回の調査にはかかわっていないが、この研究によってますます面白い問いが浮かび上がってきたと話す。
「ウミヘビがそんなに淡水に依存しているのだとすると、雨が降ってすぐに、積極的に水を飲みに海水面に集まるのでしょうか? 雨を追うのでしょうか? そうだとすれば、どうやって? このような問いに答えるためには、今回のような革新的な研究がもっと増えなければならないのです」
(文 Jake Buehler、訳 桜木敬子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2019年2月20日付]
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