40代も目からうろこ 仕事効率高める新世代老眼鏡
納富廉邦のステーショナリー進化形

新聞や書籍、資料など「紙に書かれた文字を読むためのもの」というイメージが強かった老眼鏡。だが、パソコンやスマートフォン(スマホ)の普及とともに、その役割は大きく変わりつつある。メガネの進化を取材してきた納富廉邦氏が40~50代をターゲットに開発された最新の「累進レンズ」を実際に使用しながら、現在の老眼鏡に求められる役割を探る。
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かつて遠近両用メガネと呼ばれていたメガネと、現在の累進レンズを使用した多焦点メガネは、全く別物なのだけれど、その違いは実際に体験してみないとなかなか理解できない。
累進レンズとは、要するに1枚のレンズの中に、グラデーションのように複数の度数が入っているものと考えると理解しやすい。一枚のレンズに、どのように度数を変化させながら、手元から遠方までを自然に見せるかがレンズメーカーの腕の見せどころになる。
累進レンズを世界で最初に作ったのは、フランスのレンズメーカーであるエシロール社。今も、累進レンズのトップメーカーとして、新しいレンズを開発し続けている。
同社の最新レンズが「バリラックスX」シリーズ。累進レンズが必要になる世代である「X Generation」、つまり40代半ばから50代という、ビジネスの最前線で活躍する世代に向けて設計されたレンズだという。海外では2017年4月、日本では2018年10月に発売された。
ただ、メガネのレンズの良しあしや、その特徴は、結局のところ体験してみないと分からない。そこで今回、バリラックス製品の製造販売を手掛けるニコン・エシロール社の協力で、実際に眼鏡を作る過程を体験した。レンズの仕組みに加えて、メガネを実際に使用した感想も加えながら、最新の累進レンズについて解説していこう。

開発テストで一軒家を用意
バリラックスXの最大の特徴は、見える範囲だ。40センチから70センチの範囲がしっかり見られるように設計されている。
開発にあたり、一軒の家を用意。その中で実生活に近い動きをシミュレーションしたモニターテストを繰り返したという。このテストの中で発見されたのが、現代人は仕事でも私生活でも多くの時間、40センチから70センチの間にあるものを見ている、という事実だった。
例えば仕事中にパソコンの画面を見ながら手元の書類に視線を動かすといった動作は当たり前のように行われる。40センチから70センチの範囲に調整されたレンズなら、こういった動作も自然に行うことができるというわけだ。実際、発売前に行ったフランスのモニター調査では95%の満足度を得たという。

細いフレームでも大丈夫
「累進レンズの場合、レンズの中にどのように度数のグラデーションを入れ込むかがポイント。バリラックスXの場合、40cmから70cmのところに重点を置いたというのが一つの発見なんです」というのは、伏見眼鏡店(東京・目黒)の伏見浩一社長。今回、この店でバリラックスXを使ったメガネを作成した。

伏見眼鏡店にはバリラックスX専用のディスプレーが置かれている。40cmから70cmの範囲で実際にどのような作業が行われているかを体感できるセットだ。ここに座ってパソコンの画面を見たり手元の辞書を引いたりといった作業をしていると、日々の行動がこの範囲で行われていることを実感する。レンズを作る場合も、これを利用して見え方を確認していく。

メガネのデザイナーやレンズメーカーを取材する度に「メガネ作りで一番大切なのは信頼できる眼鏡店や眼科でしっかりと度を合わせること」と言われる。伏見社長によると「メガネの度数の計測方法はもう何十年も前に完成している」そうだ。最新の機械でもやっていることは同じ。「なるべく正確に測定した上で、それぞれの人の目に合う微調整をする。その微調整には経験と知識が関わってきます」
ちなみにメガネを作る度に聞かれる「AとB、どちらがよく見えますか」という質問。何度も繰り返し聞かれる度にだんだんわからなくなって困ってしまうのだが、伏見社長によると「それはそれで問題ない」とのこと。そこはデータと経験で調整できるという。
伏見眼鏡店で最も驚いたのが「フレームの形に制限がない」ということだった。遠近両用はフレームの高さが必要だと思い込んでいたのだが、現在ではかなり細いフレームでも問題ないという。フレームを選んだら、利き目がどちらかをチェックし、さらにフレームの形状に合わせたレンズ作りのためのデータを取る機械「Visioffice2(ビジオフィス2)」で計測する。この機械は、日本ではまだ30店舗くらいしか用意されていないそうだが、この計測を行うことで、フレームにレンズを入れた時に、より自然に見えるようにレンズ設計が行えるデータが取れるのだそうだ。

仕事中もずっとかけていられる
バリラックスXを入れたメガネを実際にかけて生活をしてみて驚いたのは、視界に違和感がないことだ。
テレビを見つつ、ふと視線を落として手元のスマホを見ると、当たり前のように画面の小さな文字が読める。視線の移動に応じて度数は変化しているはずなのだけれど、どこで切り替わったかはまったくわからない。横目で見ても上を見ても下を見ても視界がゆがむことはない。この遠くも近くも見えるという体験は、近眼になった小学生時代以来、ほとんど忘れていた感覚だった。
近眼であり老眼であるということは、単焦点のメガネやコンタクトレンズ1つでは視界をカバーしきれないということだ。パソコンを使う距離、本を読む距離などすべてをストレスなく網羅しようとすると、メガネの数はいくらでも増えてしまう。バリラックスXはその問題を解消する。
一方で、これまでメガネは必要なかったけれど、最近近くが見えなくなってきたという人もいる。彼らはある程度の離れたものは見えるし、メガネをかけることに抵抗があるので、老眼鏡を作ったとしても「いちいちかけるのが面倒だから」と必要な時に使わなかったりする。だが、近くが見えないというのは、私生活だけでなく、仕事にも支障を来す。「文字が見えにくい」イコール「読むのが面倒になる」という可能性もあるからだ。こういった人でも40センチから70センチの範囲が見えるメガネなら、仕事中にずっとかけておくことができる。仕事の効率も上がるだろう。
ビジネススタイルに合ったメガネ作りを
老眼鏡というと新聞や本を読むときにかけるというイメージがあるかもしれない。しかし、最近では情報はスマホで得る機会が圧倒的に多い。「累進レンズにとってスマホ以前、スマホ以後というのは重要なんです」というのはニコン・エシロールのマーケティング部プロダクトマネージャーの本郷広和氏。「今やスマホが登場する以前に設計されたレンズに意味はありません」
パソコンとスマホが登場したことでビジネスのスタイルはがらりと変わった。老眼鏡も昔と同じでいいはずがない。バリラックスXが重点を置く40センチから70センチという距離は、我々の見たいもののほとんどが腕を伸ばして届く範囲にあるということでもある。今という時代に合ったこの距離の発見は、同社にとって、とても大きなことだったのだろう。ビジネスの最前線に立つ40代半ばから50代にとっても、この距離を意識したメガネ作りが必要だということはもっと知られてもいいことだと思う。
佐賀県出身、フリーライター。IT、伝統芸能、文房具、筆記具、革小物などの装身具、かばんや家電、飲食など、娯楽とモノを中心に執筆。「大人カバンの中身講座」「やかんの本」など著書多数。
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