日立製作所人財統括本部グローバルトータルリワード部長の古田大三氏人材を集めて育て、適切に配置して社員のやる気を引き出す企業の人事部門。働き方改革と成長の両立といった課題も多い。その解決に人工知能(AI)やクラウドサービスなど最新のテクノロジーを利用する「HRテック」が広がりつつある。2018年に世界規模での人材マネジメントを強化する統合プラットフォームを導入した日立製作所に、HRテックの勘所や課題を聞いた。
■人材情報、「見える化」へ新システム
日立は18年1月、「人財マネジメント統合プラットフォーム」と名付けたシステムを導入した。世界各地の従業員の情報を登録するデータベースをつくり、マネジメントに生かすシステムだ。まず日立本体と海外現地法人の従業員約5万人を対象に稼働した。グループ企業にも順次導入し、約25万人まで広げる計画だ。米IT会社、ワークデイの人事管理クラウドサービスを基に構築した。
新システムの狙いは人材情報の「見える化」だ。海外のグループ企業も含めた従業員は約30万人に上り、その約45%は海外の人材だ。組織が巨大なので、どこに、どのような能力や経歴を持つ人材がいるかをすぐに把握できないのが課題だった。
世界規模の人材データベース構築に12年度から着手し、16年2月には新プラットフォームを海外のグループ会社で試験的に導入。18年に本格導入に踏み切った。古田大三・人財統括本部グローバルトータルリワード部長は「すべての情報を一つのシステムで管理できるオールインワンで、スマートフォンやタブレットなどモバイル機器を使える。いつでもどこでもデータを見られる」と利点を明かす。
人事関連のシステムは、会社や部署ごとにばらばらに構築してきており、グループ全体で「2000以上のシステムがあったとみられる」(同社)。従来のシステムをすべて新システムに統合するわけではないが、世界共通の人材情報のプラットフォームとして機能するという。情報を一元管理し、組織編成や人材の評価・育成などに役立てる狙いだ。
■人材さがし、国・地域の枠を超えて
新システムに収める情報は、名前や所属といった基本情報から、スキルや職歴、人事評価や年収、将来のキャリアについての考え方まで幅広い。こうした情報を権限に応じた閲覧範囲を決めて運営している。「従業員の場合、他の人の氏名やスキル、プロジェクト歴などが検索できる」と古田氏は話す。特定のスキルがある人材を探し出し、仕事への協力を頼むといったように使えるという。従来なら知り合う機会がなかった人がシステムを通じてめぐり合い、「化学反応」を起こす。そんな形でイノベーションが起きやすい企業風土になるとの期待もあるようだ。
登録する人材情報と閲覧・管理の権限の例=日立製作所提供管理職レベルでは、個人の学歴、所属部署や研修の記録、語学力、キャリア面での希望などを見られる設定だ。たとえば、プロジェクトチームをつくる場合、必要なスキルや能力を持つ人材を検索。さらに詳しいデータを調べて候補を絞り込み、参加を呼びかけられる。国や地域を越え、適切な人材を素早く集めるのに役立つとみている。
経営層向けには、地域別や会社別などの人材状況を分析してグラフなどで表し、組織再編や経営戦略の立案に役立てる「ダッシュボード」機能もある。今後も利用者からのフィードバックを受けながら、機能や使い勝手を改善していく考えだ。
導入の効果で、上司と部下のコミュニケーションが活性化したケースもあるという。これまで「こんなプロジェクトに参加し、こんな結果を出した」とか「将来はこのスキルを伸ばし、あの部署で働きたい」といった個人の事情は、直属の上司の頭には入っているものの、「共有されていない例が意外に多かった」(古田氏)。上司と部下が2週間に一度開く面談をHRテックと組み合わせれば、「部下のやる気を引き出すような、より深い指導に早く取りかかれるし、信頼関係の構築にも役立つ」(古田氏)。尊敬する先輩の経歴などを見て、自らのキャリアイメージづくりに役立てるような使い道もありそうだ。
■キャリアの希望共有、育成にも効果
ワークデイの画面イメージ=日立製作所提供新システムは、経営層と現場を結ぶ役割も視野に入れている。日立グループはグローバルパフォーマンスマネジメント(GPM)という目標管理プロセスを15年度から採用している。事業戦略をはじめとする組織の目標を従業員に浸透させながら、個人の仕事の成果と組織としての結果をあわせて評価し、改善していく仕組みだ。これを新システムと組み合わせれば、組織の予算達成度合いの評価、従業員の育成方法の改善、組織の人員配置や管理方法の分析などへと活用が広がる。
日本人は、自分のスキルや能力などを控えめに書きがち人材マネジメントは組織の活性化に欠かせないが、担当者レベルの経験や「勘」に頼る企業も多いのが実情だ。人材獲得競争の舞台が世界に広がるなか、それでは優秀な人材の確保はおぼつかない。日立がHRテック導入を進める背景には「その人の能力をどれだけ生かせる組織であるかをアピールできないと、選んでもらえない」(古田氏)という危機感もある。ちなみに新システムで、海外の国・地域別に技術者の平均的な報酬水準なども分かるようにしているのも、人材の獲得・確保で後手に回らないようにする配慮だという。
本格稼働から1年余り、課題も浮かび上がってきた。その一つが、従業員の職務履歴やスキルデータなどの情報の登録が十分でない点だ。特に日本人は自分のスキルを控えめに登録しがち。古田氏は「まずは(情報を)入れましょうと呼びかけていく」と地道な努力を続ける構え。そのうえで「人材マネジメントのレベルを高めるとともに、各種データの相関分析とそれを活用した予測につなげ、離職防止対策などの人事施策を適切に提案できるよう取り組んでいきたい」(古田氏)としている。
(笠原昌人)
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