内定学生のESが就活生を惑わす理由
ホンネの就活ツッコミ論(93)

前回に引き続いてエントリーシート(ES)関連です。今回のテーマは「内定学生のエントリーシート」。なお、エントリーシート関連については、学生のエントリーシートを添削していくと、色々な相談を受けます。エントリーシートについては、昨年掲載の48回・50回・51回をお読みください。タイトル付けが必要な場合は69回も参考になります。前回は同じ「惑わす」でも「文章の構成方法」でした。
さて。エントリーシートの添削をしていると、よく学生からこんなことを言われます。「キャリアセンターの指導と違う」「内定学生の文例とずいぶん違いますね」などなど。似たところでは、「××という就活塾に入った。月会費1万円も出してエントリーシートを添削して大手企業に提出したところ、全滅した」というのもありました。
そんなさあ、1万円も出すなら、日経を購読して私、石渡嶺司の本を買ってもお釣り出るでしょ、というのはおいておくとして。なぜ、こうした違いが出てしまうのでしょうか。その背景を解説します。
理由1:内定学生の事例が実は結構古い
88回で企業選びの軸、という発想が実は古いことをご紹介しました。これと同じで内定学生の事例が実は結構古い、ということはよくあります。就活塾やキャリアセンターの指導が全て悪い、とは言いません。が、一部のキャリアセンターと就活塾の多くは残念ながら、古い事例にこだわりすぎています。

特にここ数年、大手企業も含めて、学生の実績・成果よりも経過を丁寧に見ていこうとする動きが強まっています。そのため、地味であっても経過を丁寧に書いていく学生ほどエントリーシートの通過率は上昇。さらに内定も得やすくなります。
ところが、古い事例だとどうでしょうか。「ナントカ大会で優勝した」「カントカアルバイトの販売コンテストで上位に入った」などなど、実績・成果をやたらと重視しています。こうした実績・成果が悪いわけではありません。ただし、それだけで終始したところで、学生の素の姿がわかるか、と言えば相当難しいところ。
だからこそ、学生の経過、仮にそれが地味な話、よくあるアルバイト(またはサークル、またはゼミなど)であっても、企業からすれば気になるのです。それを知らずに指導されている就活塾もあります。そうしたところに、月1万円でもそれ以上でもそれ以下でも払う価値があるでしょうか。私は強い疑問を覚えます。
理由2:内定学生の事例が実はES重視ではなかった
これもよくある話。いや、正確にはよくあっては困りますがよくある話です。企業が選考に際して必ずエントリーシートを重視する、というわけではありません。
エントリーシートの選考はほぼ全員が通過。そのうえで面接においてじっくり話を聞く、という企業もあります。あるいはエントリーシートのうち、志望動機と自己PRはほぼどの学生も同じ内容なので読まない、という企業もあります。その点、ガクチカ(「学生時代に力を入れたこと」の略)なら学生の素の姿が出やすいので、この項目だけ読む、という寸法。エントリーシートの内容は良くなかったとしても、面接など他の点で評価を受けて内定を貰う学生は結構います。
ところが。学生はまさかエントリーシートの内容が悪く、他で評価が高かったから内定を得た、とは夢にも思いません。しかも、大学によっては内定学生を就活生へのサポーター役・相談員役として起用します。そうした学生はエントリーシートを「これで内定を取った」と公開。就活生もまさか、そのエントリーシートのレベルが低いとは考えるわけがありません。そこで内定学生のエントリーシート事例を真似して、その結果、選考不通過が続く、という悲劇を生んでしまうこともあるのです。
理由3:企業が設問だけでなく選考基準を大幅に変えた
あまり多くはありませんが、内定学生のエントリーシートが実際の選考基準から外れてしまう理由としては考えられます。
2011年から就職率(文部科学省の学校基本調査で正確には「卒業生に占める就職者の割合」)は上昇。2013年ごろから学生が有利の売り手市場に転じて現在に至っています。長引く売り手市場から採用担当者は苦労する、という意味で採用氷河期、という言葉も使われるようになりました。
この採用氷河期にあって、企業側は色々と苦労しています。これは説明会に工夫を凝らす、あるいは就職支援型のセミナーを開催する、というだけではありません。選考においても同様でエントリーシートも設問を大幅に変える、あるいは選考基準そのものを変えることもあります。その場合、内定学生のエントリーシート事例が役立たなくなってしまうのです。
以上、内定学生のエントリーシート事例が就活生の役に立たない理由を3点挙げました。もちろん、内定学生のエントリーシート事例が就活生の参考になる、ということもあります。ただ、それは就活における答えではありません。このコラムであれ、大学キャリアセンターであれ、採用担当者であれ、就活カウンセラーであれ、就活塾であれ、答えを出せるものではないのです。
では答えはどこにあるのでしょうか。答えは就活生一人ひとりの中にあります。色々と話を聞いていって、そのうえで、ご自身の答えを出せばいいのではないでしょうか。内定学生のエントリーシート事例も、話の一つに過ぎない。私はそう考えます。
1975年札幌市生まれ。東洋大学社会学部卒。2003年から大学ジャーナリストとして活動開始。当初は大学・教育関連の書籍・記事だけだったが、出入りしていた週刊誌編集部から「就活もやれ」と言われて、それが10年以上続くのだから人生わからない。著書に『キレイゴトぬきの就活論』(新潮新書)、『女子学生はなぜ就活で騙されるのか』(朝日新書)など多数。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。