サッカー女子日本代表の高倉麻子監督6月にフランスで開幕する女子サッカーワールドカップ(W杯)で、日本代表「なでしこジャパン」は2大会ぶりの優勝を目指す。指揮する高倉麻子監督は、一度は沈みかけた代表を立て直し、昨年のアジアカップを制覇するなど実績をあげてきた。戦う集団へとチームをつくり変えてきたリーダーシップとは。
■年代に応じてアプローチを変える
――2016年、佐々木則夫前監督の後任として女性で初めて、なでしこのA代表監督に就任しました。一から新しくチームを作る上で、どんなことを大事にされましたか。
「今のA代表の監督をやっている時も、かつてU―14(14歳以下)選抜の監督をやっていた時もそうでしたが、まずは観察が大事だと思っています。選手一人一人がどういうことを感じているか。もし合宿中であれば、あの子は機嫌が悪いな、機嫌いいな、元気がないな、元気いいなとか。その中で、年齢に応じてアプローチやコミュニケーションの取り方を変えていきます」
「例えばまだ14歳、15歳ぐらいの選手であればちょっかいをかけて、その中でサッカーの話を少しだけする。10代はサッカーの話をしても一方通行になることが多くて、たとえ選手に意見を求めても、言えることがそんなにない。みんな感覚的にサッカーをやっているんですよね」
「一方、A代表の選手は一人一人、自分のことを考えながらプレーします。20歳ぐらいになると、自分自身のプレーを振り返って、あの時はこんなことを考えていたとか、結構言えるようになります。なので頃合いを見計らってしゃべったり、わざと放っておいたり、自分の中でうまくバランスを取っています。あえて交流しないのもコミュニケーションの一つです」
「プレーの細かい部分は、選手自身が戦っていく中で決めていけばいいんじゃないかなと思います。ただ、どういうサッカーをやっていきたいのか、大まかなビジョンははっきりと提示しないといけません。たとえ一生懸命にやっていても、違う方向に向かえば船の歩みは止まるし、下手したら沈む。みんなが同じ方向に進めるようにしているつもりです」
――前大会からメンバーは大きく変わり、今のなでしこは若手からベテランまで幅広い選手がそろいました。意識をそろえるのは大変ではないですか。
「若手は経験値が少ないので、日々失敗したり、うまくいったりの繰り返しです。なので、たとえ失敗したとしてもこちらはあまりネガティブになる必要がありません。『この間はこんなことができていたね』とか、『もっとこういうところができるように』『こんな練習をしたら』などと前向きな話をしています」
一番大事なのは人としての力「中堅どころは、ある程度の自信や経験はついている。ただ自分自身への見方に誤解というか、ギャップが生じています。できていないのにできていると思ったり、できているのにできていないと思っていたり」
「25、26歳の頃って自分のことをもう大人だと思っていて、選手としてもっとできると思っていたり、一方でやけに自信が無かったりと、すごくバランスが悪いんです。良いところに関しては良い、ダメなところに関してはダメだというのを、すぐには解決しなくても、粘り強く時間をかけて話していきます」
「ベテランはその状態を抜けて、自分のできること、不得意なことが分かっています。よっぽど変な扱いをしない限りはふてくされたりしません。ただ、今の若い子ってあんまりリーダーになりたがらない。代表のベテランでもそうです。上の世代になってしまったという戸惑いがあるようなので、やる気を促して、ようやく少し自覚が出てきた状況です」
■女性の特性を生かして戦える
――女性ならではの特徴もあるのでしょうか。
「選手なので『私を使え』と思うのは普通ですが、監督に認めてもらえないとか、私よりあの子のほうが好きなのかといったことを思いがちですね。そこに関しては、もう粘り強く信頼関係を築いていくしかありません。良い部分は良い、ダメな部分はダメと時間をかけて話す中で、彼女たちも納得してくれています」
「我が強い選手もいますが、その子がいなければチームが成り立たないこともたくさんありますし、我の強さが必要になる場合もあります。それぞれの個性をしっかり認めた上で、一人一人に対して『気にしているよ』と伝えていきます」
――リーダーとして女性であることは意識しますか。
「男性と同等に戦おうとして、気持ちを張るのも一つの選択ですが、違う良さや特性を生かして戦えるフィールドが絶対あると思うんです。どちらかが優れているとかそういうことではなくて、男性女性、それぞれの特性や良さは違う。そこをうまく生かし合いながら共存していけばいいのでは。一番大事なのは人としての力。人に信頼されるかどうかだと思っています」
「日本だけでなく、世界でも五輪に関わる指導者のうち、女性は全体の数%しかいないそうなんですね。結婚や出産でキャリアを続けるのが難しいのももちろんですが、かつての私がそうだったように、指導者として稼ぐ環境がなくて手を上げにくい、続けにくいというのも女性指導者が少ない理由ではないでしょうか」
――18年は2月の国際親善大会、アルガルベ杯の大敗からスタートしましたが、4月のアジアカップを連覇し、8月のアジア大会は2大会ぶりに制するなど、チーム状態も上がってきたように見えます。
「ある意味、新生なでしこにとって勝負をかけた年でした。完成度をしっかり見極めながら次に向かってレベルアップを目指し、選手がよく頑張ってくれた。2つタイトルを取ることができたのは素晴らしいし、選手自身が少しずつ自信を持ってプレーできるようになりました」
■若手や中堅に自覚が生まれた
1996年のアトランタ五輪に出場し、日本代表のエースとして活躍(右端)=高倉麻子氏提供「今まで中堅で、精いっぱいやっていたつもりの選手が、自分たちがもっとやらなきゃいけないと分かって実際に動いたのがアルガルベ杯でした。彼女たちが責任を持ち、苦手だけどリーダーシップを持ってやらなきゃいけないと思い始めた。その前もチームのことをやってくれていたけれど、危機感とともにぐっと自覚が出てきた。若い子も上の世代が動き出したことでやるようになった。起こりうるべき変化がアジアカップの前にちゃんと起きて大会に向かえたんだと思います」
――ワールドカップ(W杯)までちょうど4カ月です。
「大きな軸というか、この3年でチームの変革はできてきたとは思っています。あとはどの選手がA代表でやれるトップパフォーマンスを発揮できるのかを見極めなければなりません。新しい選手がはい上がってきてくれるのか、今までの選手の中から伸びていく選手がいるのか。しっかり観察していきたいと思います」
――選手にはどんなことを伝えていきたいですか。
「W杯、絶対楽しいと思います。私ももちろん楽しみにしていますし。前の偉大な代表チームを超えていかないといけないと、選手にはプレッシャーをかけた言葉も時に発しますが、それよりも代表として選ばれた誇りや、仲間とプレーする楽しみを感じながら、国を背負って大好きなサッカーをやってほしいと思っています」
「日本にしかできないサッカーをグラウンドで表現する、それで良いと思うんです。余計なことはあまり考えないで、みんなでフランスで思い切りサッカーをやろう、ということを伝えていければと思います」
高倉麻子
10歳でサッカーを始め、1985年に読売ベレーザ(現日テレ)に入団。89年創設の日本女子サッカーリーグ(なでしこリーグ)ではリーグ第1号のゴールを記録した。日本代表には15歳で初選出され、アトランタ五輪などに出場。2004年の引退後は指導者の道に進み、アンダー世代の監督を経て、16年から現職。
(堀部遥)
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