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あの人が語る 思い出の味

「おいしい」は「うれしい」がつくる 糸井重里さん 食の履歴書

2019/2/1

1948年前橋市生まれ。コピーライター時代は西武百貨店「おいしい生活。」、新潮文庫「想像力と数百円」などを考案。東京糸井重里事務所(現・ほぼ日)社長として98年ウェブ上に「ほぼ日刊イトイ新聞」創刊。手帳などの独自商品を開発・販売する。尾城徹雄撮影

日々、食べ物のことを考えている。夜は「あした何を食べようかな」。出かける前は「帰り、何を食べよう」――。でも実際の食事は結構、行き当たりばったり。「興味はあるが執着はせず」「浅からぬ、こだわらぬ。それが食べ物と私の関係」。独特な間合いを生んだ軌跡とは。

■食の価値は「値段」じゃない

フリーランスのコピーライターとして仕事が軌道に乗ってきた頃。東京の四谷に漫画家の上村一夫さんやイラスト作家の南伸坊さんら、個性派クリエーターが夜な夜な集うスナックがあった。話は面白く、酒が飲めない身ながら出入りしていた。

ある日の企画は「マツタケ退治」。新聞はすぐ「庶民には手の届かない」と書く。しかし実際は、安くはないが買えない価格ではないはず。皆で金を出し合い、思い切り食べた。全員でうなずく。「もうマツタケは怖くないぞ」

似た試みを事務所の助手相手に仕掛けたことも。「私の夢は、マスクメロンを丸ごとかぶりついて食べること」。そう語るのを聞き「じゃ今、実現しよう」。買ってこさせ、その場で渡す。がぶり。「夢を壊してあげました」。思い出し、くすっと笑う。

たわいない冗談? ちょっと違う。「食べ物が味ではなく『お金』として評価され、騒がれるのって気持ち悪くないですか」。“予約が取れない”からと接待で重宝される店。釣りあげた魚を「銀座の料亭なら×万円だな」と悦に入る船客。すべてを値段と名前で測るのは、食べ物、店、料理人、さらには他の客にも失礼ではないか――。

そう感じるのは、自分自身もそうした物差しと全く無縁ではなかったからだ。

■驚いた「カツ丼『で』いいかァ」

上京、入学した大学は1年で中退した。パチンコで手に入れた缶詰と白い飯を友人と分け合う生活。20歳で初めて小さな広告デザイン会社に就職した日、小耳にはさんだ会話を鮮明に覚えている。「社長が『カツ丼でいいかァ』とそば屋に出前を頼んだんです。カツ丼『で』ですよ。そこは『が』でしょう。俺、ここでやっていけるのかなあ、と不安になりました」

じきに頭角を現し食の幅も広がる。すしだから、うなぎだからと満足する日々。「正直、未熟な若造でしたね」。自分だけでなく、日本人全体がそうだったと今は思う。

やがて経験を積み、同じ名の料理でもおいしいものと、そうでないものがあるとわかってくる。「でも、まずいからと怒って食べないということはしなかったと思います」。カツ丼「で」に驚いた自分を覚えていたからだ。

おいしいものは人の記憶と結びついていること。「おいしい」には「うれしい」が入っていること。一緒に食べる人の「おいしい」も、自分の「おいしい」に含まれること。食とは何か、だんだん見えてきた。もう、「もっと」とか「よりよく」という時代ではない。ごくふつうの、おいしいものに囲まれていれば十分では――。「おいしい生活。」は、当時の日本に投げたメッセージだった。

やがてバブル崩壊。「イトイの流行も去りました」。50歳を前に、ギスギスする広告業界から距離をおく。大御所として顧問業で稼ぐか? それはあまりにもつまらない。

■食が人をつないでいく

ヒントになったのは京都のある小料理屋だ。店主は修業を積んだ板前ではなく、もとは客だったと知る。「自分でほしいと思うモノを作れば仕事になるのではないか」

表現の場を自ら作ろうとパソコンを買い、詳しい人に一から教えてもらった。今まで1人で勝手に仕事をしてきたが、これからはチームでやっていくと決める。不便な場所に借りた一軒家で、学園祭前夜のような毎日が続く。

これまでも、仕事仲間と一緒においしいものを食べると元気が出た。ならば、ここのキッチンできちんとした家庭料理を作ってもらい、皆で食べよう。「その方が食費も節約できましたから」。外部の人もふらっと立ち寄り、ご飯を食べて話し込む。食が人をつないでいく。

2011年。東日本大震災の年の夏から、毎週1回火曜日を「給食の日」と定めた。100人に増えたスタッフが集まり、社内のキッチンで作った給食をそろってよそい、食べる。手がけるのは保育園の給食を担ってきたプロだ。

その日は社内に朝からそわそわした空気が流れる。「おいしいものの話は罪がない。西も東も敵も味方も、おいしいものを食べているときは皆いい人になる」。フリーランスで20年間働いた。チームで働いた時間がそれを超えたことに、昨年ふと気づいた。

しょうゆをかけて仕上げる人形町松浪の「松浪焼き」(東京都中央区)

■職人の味 お好み焼き

30年近く通う鉄板焼きとお好み焼きの店が東京・人形町「松浪」(電話03・3666・7773)だ。1951年に創業し今の木村玉枝さんで3代目。靴を脱ぎ広間に上がると鉄板を備えたテーブルが並ぶ。中庭も含め、初代の住居を兼ねた古民家時代の面影を残す。

写真はお好み焼きの一つ、手むきあさりと九条ねぎの「松浪焼き」(900円)。味付けはしょうゆ。はまぐり、帆立てなど古い取引先から「いいもの」だけを仕入れる。ただし店に気取った空気はない。「住む人の匂いがする職人さんの店。土の下の養分まで入っている感じ」と糸井さん。連れて行った人は必ず気に入るという。

政治家なども来るが、基本は広間。それを楽しめる「いいお客さんばかり」(木村さん)だそうだ。

■最後の晩餐

麻布十番(東京・港)のたい焼き店「浪花家総本店」の焼きそば。近くに住んでいた頃、歩けるようになったばかりの娘と散歩の途中によく一緒に食べました。そば、ソース、揚げ玉、青のりの香りがいいんです。まとめ買いして非常用に冷凍しておくこともあります。

(編集委員 石鍋仁美)

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