ライフコラム

井上芳雄 エンタメ通信

さえない男をどう演じるか 挑戦に充実感(井上芳雄) 第37回

日経エンタテインメント!

2019/1/19

井上芳雄です。1月5日から東京芸術劇場プレイハウスでミュージカル『ナターシャ・ピエール・アンド・ザ・グレート・コメット・オブ・1812』に出演しています。ロシアの文豪トルストイの『戦争と平和』を基にしたブロードウェイミュージカルで、舞台の構造をはじめ、いろんな点で斬新な作品です。僕が演じる貴族のピエールは、眼鏡をかけて猫背で陰鬱な性格というさえない人物。大作ミュージカルの主役が、そうしたキャラクターというのは珍しく、僕にとっても初めての役どころ。新年早々、大きなチャレンジです。

『ナターシャ・ピエール・アンド・ザ・グレート・コメット・オブ・1812』は1月27日まで、東京芸術劇場プレイハウスにて上演(写真提供/東宝演劇部)

ミュージカルの劇場は日比谷が多いのですが、今回の東京芸術劇場は池袋。客席が改造されて、イマーシブシアター(観客参加型演劇)の構造になっており、いつもと雰囲気が違います。この作品は2012年にオフブロードウェイの小劇場をレストラン風に改造して始まったそうです。役者と観客が一体となってロシアの雰囲気を楽しむという趣向は、16年にブロードウェイの大劇場へ進出しても取り入れられて、評判を呼びました。

今回の日本版でも、舞台のエリアに客席を設けるなどして、オリジナル版の雰囲気を再現する工夫をしています。上演前にはキャストが客席に降りて、シェーカーやピロシキを配って参加を呼びかけるのですが、お客さまも「これから何が始まるのか?」と驚かれているようです。

打ち込みのクラブミュージックと生演奏のオーケストラを融合させた音楽も新しいスタイルだし、ときにはキャストが楽器を弾いたりもします。僕もアコーディオンやピアノを弾きます。美術や衣装もゴージャスで、にぎやかでサーカスっぽいところもあり、いろんな要素を楽しめる作品です。

そういう今っぽい作りで、19世紀初頭のロシアの物語を描くというのも意外性があります。大長編小説『戦争と平和』の一部分、第2巻第5部で描かれるエピソードを舞台化しています。

僕が演じるピエールは貴族の私生児。莫大な財産を相続したものの、愛のない結婚をして、むなしさを抱えながら、酒と思索にふける毎日を送っている人物です。すごく内向きなタイプで、けいこのときはハムレットみたいだと感じていました。

一方、生田絵梨花さんが演じるヒロインの伯爵令嬢ナターシャは天真爛漫(らんまん)そのもの。無垢(むく)ゆえに、婚約者が戦場に行って不在の間に、美しい男性アナトールからの誘惑にあらがえず、駆け落ちを計画します。ストーリー上は、ピエールとナターシャはほとんど関わることがなく、最後になってようやく運命が重なります。

ピエールは、みんなと交わって興じるようなキャラクターではなく、物語はナターシャを中心に進んでいきます。ピエールは舞台上に存在はしますが、書斎みたいなところに1人でいて、酒を飲んだり本を読んだりしながら、ときには客席に降りて、居合わせた人と乾杯したりもします。1幕では曲もそれほど歌いません。そんな感じで、お客さまから見られているのかいないのかもよくわからない中で、ストーリーと直接関係ないことを演じています。これは、思っていたよりも集中力とエネルギーがいりました。

でも、それもこの役を演じる楽しいところです。ピエールはストーリーの最後になって自分の愛や役割に気づくので、それまで鬱屈した気持ちを継続させてないといけない。そして最後に彼の中で起こる変化を、どう表現するか。演技のしがいがあります。

ライフコラム 新着記事

ALL CHANNEL