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音声からネットへ、転機はiモード 携帯電話の平成史 携帯・スマホ30年史(上)

2019/1/24

平成の30年間は、携帯電話の発展とともにあったといっても過言ではない。外で通話ができることだけで画期的だった時代から現在のスマートフォン(スマホ)全盛時代に至るまで、めまぐるしく変化してきた携帯電話の平成史を、「佐野正弘のモバイル最前線」を連載している佐野氏が自ら購入した端末を中心に紹介する。前半となる今回はスマホ以前の、携帯電話が飛躍的な進化を遂げた時代を中心に紹介したい。

■軽さこそが正義だった通話全盛時代の象徴「P201」

日本で最初の携帯電話は1985年に日本電信電話(NTT)が提供した「ショルダーホン」だった。ショルダーホンは何年か前に、お笑い芸人のネタでバブル期を象徴する小道具として使われたことからご存知の方も多いと思うが、初期の携帯電話は非常に大きく重たいものだった。

そうしたことから平成初期、つまり携帯電話の黎明(れいめい)期に重要視されたのは、携帯電話を小さく、軽くすることであった。携帯電話は通話をするためだけのものであり、ディスプレーが付いた機種も徐々に増えていったものの、簡易的な電話帳や、時計代わりとして利用する程度。現在のように携帯電話の画面を見る必要性はほとんどなかった。

そのためメーカー各社は、とにかく軽くてコンパクトなサイズの携帯電話を開発することに全力を注いでいた。中でも注目されたのは、1996年に松下通信工業(現・パナソニックモバイルコミュニケーションズ)が開発した、NTTドコモ向けの「P201」である。重量93gと、100gを切ったことが当時としては非常に画期的で、大ヒットを記録した。

松下通信工業(当時)の「P201」。左の白が93gと最軽量。右の黒は97gと多少重いが待ち受け時間が長かった(写真提供:日経エレクトロニクス)

その後iモードの普及や「写メール」によって携帯電話が「見る」ものになっていき、ディスプレーの大型化とともにサイズも大型化していくこととなる。だが日本以外の多くの国では、iPhoneが登場するまで携帯電話は通話とショート・メッセージをするためのものというのが常識であったことから、2000年代中盤頃までは日本よりも海外の携帯電話の方がむしろコンパクトだったのである。

■20年前の早すぎた名機「DP-212」

携帯電話によるインターネットの利用はiモードが元祖だと思っている人が多いが、実はiモード以前にもいくつかの機器やサービスがあった。携帯電話につないで1通10円でメールを送るNTTドコモの「ポケットボード」(98年)や、97年に、デジタルホングループ(現在はソフトバンク)やツーカー(後にKDDIに吸収)が展開していた「スカイウォーカー」「スカイメッセージ」などだ。

それらのサービスが利用できる携帯電話の中でも特徴的だったのが、パイオニア製の「DP-212」である。ボタン操作が一般的な当時としては珍しく、全面タッチパネルによる操作を採用し広い画面でメールのやり取りができるなど、現在のスマホにつながる要素を詰め込んだ意欲的なモデルだったのである。

ショート・メッセージの仕組みを使ってメールの送受信ができる「スカイウォーカー」などに対応した「DP-212」。20年以上前に全面ディスプレーを採用した画期的な端末だ
横から見たところ。音声通話が中心で、小型・軽量化を競っていた当時の携帯電話としてはかなりの大きさでもあった

その後iモードが広まったことで、全面タッチパネルのモデルは一度姿を消してしまうのだが、振り返ると、20年以上前から現在のスマホ時代の到来を感じさせる、「早すぎた名機」といえるのではないだろうか。

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