平成パソコン史の主役たち 98・DOS/V・iMac…パソコン30年史(上)

1997年にはソニーがバイオノート505(PCG-505)を投入。当時、ソニーが新しいパソコンを発表するという話題で持ちきりだったが、PCG-505を見た瞬間に、それまでのパソコンとはまったく違うコンセプトとデザインで興奮が収まらなかったことを覚えている。薄紫のマグネシウムボディーは、日本製のパソコンで最初の「スタイリッシュなモデル」だった。

ソニーのバイオノート「PCG-505」

一般的なノートパソコンやデスクトップが広く普及する中、各社は先進的なモバイルノートの開発に力を入れていくことになる。小型製品を作るのが得意な日本企業が最も元気だった時代がこれから訪れる。いまや、MacBookをはじめとする海外メーカーのパソコンが金属ボディーで薄型になっているが、その先駆けとなったのがバイオノートだった。

1998年:iMacでパソコンがカジュアルになる

経営難が何度となくささやかれていたアップルが、今のようなIT業界のリーダーになるとは、当時は誰も予想していなかった。だが、振り返るなら、1998年に登場した初代のiMacが、復活への第一章だったと言えるだろう。ようやくパソコンが一般家庭に普及しはじめたタイミングで、おしゃれで安価な一体型デスクトップ「iMac G3」を投入したのだ。

アップルの初代「iMac」。1999 年には5色のカラーバリエーションが加わった(画像提供:日経パソコン)

今では考えられないブラウン管を採用した一体型のデスクトップで、重量は17キロほどもある。そのボリューム感と丸みを帯びた15インチのブラウン管は、当時としても少しも先進的とは言えなかった。

だが、17万円台と入手しやすい価格にボンダイブルーと呼ばれた美しいカラーの筐体(きょうたい)を採用。大きなボディーがおしゃれなデザインで大ヒットする。この後、iMacはカラフルなモデルを次々に投入し若年層の心をつかんでいく。「i」で始まる製品名といえばアップルというイメージが広がったのもここからだ。

2000年:テレビパソコンが全盛を迎える

2001年には、Windows XPが登場し、パソコンは現代と近い形の製品へと進化する。この前後からデスクトップパソコンが陰りを見せ始め、ノートが主流の時代に移り変わっていく。

2000年ごろから、いわゆる「テレビパソコン」が登場しはじめる。自分の部屋に置いて、パソコンとして利用する上に、テレビ+レコーダーとしても機能する製品が主流だった。富士通のDESKPOWER Kシリーズ、NECのVALUESTAR Tシリーズなどが、テレビパソコンの走りとして人気になる。

富士通のDESKPOWER Kシリーズ
富士通の「FMV-BIBLO NE4/50D」

ノートパソコンもAVを意識したモデルが増えており、家庭向けのモデルは、スピーカーを強調したデザインの製品が主流になる。富士通の「FMV-BIBLO NE4/50D」などが人気だった。キーボードの手前にCDプレーヤーのような表示をするサブ液晶を搭載したデザインは、現代のパソコンと比べると洗練されていない。より多くの機能を持つのがパソコンの美徳だった時代だ。なお、当時のA4ノートは、14.1型の液晶が主流で、今と比べても画面が一回り小さかった。

戸田覚
1963年生まれのビジネス書作家。著書は120冊以上に上る。パソコンなどのデジタル製品にも造詣が深く、多数の連載記事も持つ。ユーザー視点の辛口評価が好評。
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