営業だと残業代が全額は支払われない?
ブラック企業との向き合い方(6)
前回、実際の残業時間に応じて残業代が支払われるわけではない「裁量労働制」について注意を促しました。今回検討するのは、「裁量労働制」と同様に「みなし労働時間制」の一種である「事業場外みなし労働時間制」です。
社外にいて勤務状況がわからないから、「みなし労働時間制」が適用可能?
次のケースを考えてみましょう。
X社の営業は「ソリューション営業」で、各社の抱えている課題を聞き出し、その課題解決につながるように自社の製品・サービスの利用を提案し、受注することが主な仕事です。
毎日の仕事は、割り当てられたエリアの中での新規開拓が中心です。
さてこのAさんの場合、ふだん上司の目が届かないところで働いているのだから実際の勤務状況はわからず、「みなし労働時間制」が適用可能と言えるでしょうか?
「事業場外みなし労働時間制」とは
前回説明したように「みなし労働時間制」とは、実際の労働時間にかかわらず「ある一定の時間だけ働いたものとみなす」制度のことで、「事業場外みなし労働時間制」と「裁量労働制」に分かれています。
このうち事業場外みなし労働時間制は、労働基準法第38条の2第1項にこう規定されています。
「事業場外みなし労働時間」の適用対象となり仮に1日8時間労働したものとみなされるならば、裁量労働制の場合と同様に、実際には1日12時間労働したとしても残業代(割増賃金)は支払われません。
そのため安易に「事業場外みなし労働時間制」が適用されてしまうと、使用者の側には長時間労働を抑制するインセンティブが働かず、外回りの営業職をはじめとして社外での業務に従事する人たちが、過大な業務を抱えて長時間労働を強いられる恐れがあります。
「事業場外みなし労働時間制」のもとでの長時間労働により、過労死に至った事例も
実際に「事業場外みなし労働時間制」を適用される中で長時間労働が続き、過労死に至った若者もいます。NHKの「クローズアップ現代」が2013年9月18日に放送した「拡大する"ブラック企業"~過酷な長時間労働~」では、自動販売機80台を担当していた飲料水の営業職の男性が、「事業場外みなし労働時間制」を適用され、朝5時発の始発で出勤し帰宅は夜10時過ぎという生活を強いられる中で、23歳の若さで過労死に至った事例が紹介されています。
この男性の実際の残業時間は、家族が業務日誌などをもとに割り出したところでは月平均110時間を超えていたそうです。厚生労働省は月平均80時間の残業が続くと過労死の危険があるとしています(「過労死ライン」と呼ばれています)。その「過労死ライン」を上回る残業をその男性に強いてきた会社側は、「事業場外みなし労働時間制」だから残業という概念はないと判断していたのです。
「働かせれば働かせただけ、会社が得になる、そういうシステムに、この会社はなっている」。この事件を担当した弁護士は、番組の中でそうコメントしています。
「事業場外みなし労働時間制」が適用可能なのは、「労働時間を算定し難いとき」だけ
このような悲劇は防げなかったのでしょうか。この男性の場合、本来は「事業場外みなし労働時間制」が適用される対象ではなかったと、番組では紹介されていました。
男性は朝、必ず会社から配送車で出発し、決められた自動販売機に飲料水を補充し、夜も再び会社へと戻っていました。しかも補充した商品のデータは携帯する機械で記録するため、どこでどれだけ働いたかを会社は管理できたはずだというのです。
このような働き方の場合は、社外で業務に従事していたとしても労働基準法が定める「労働時間を算定し難いとき」にはあたりません。この事例では労働基準監督署が調査に入り、「事業場外みなし労働」にはあたらないと判断し、残業代不払いで是正勧告が出されたそうです。
「事業場外みなし労働時間制」をめぐる最高裁の判断
「事業場外みなし労働時間制」をめぐっては、最高裁でも2014年1月24日に判断が示されています(参照)。海外旅行の添乗員業務を行っていた女性が「みなし労働時間制」を適用するのは不当として、未払い残業代などの支払いを求めていたこの訴訟で、最高裁は「労働時間を算定し難いとき」にはあたらないとの判断を示し「みなし労働時間制」の適用を認めませんでした。
「みなし労働制」の適用について、最高裁は「業務の性質、内容や状況、指示や報告の方法などから判断すべきだ」と指摘し、今回のケースでは、会社はあらかじめ旅程管理に関して具体的な指示をしており、ツアー中も国際電話用の携帯電話を貸与していたほか、終了後は日報で詳細な報告を受けていたことなどから「労働時間の算定は困難とはいえない」と結論づけたのです(日本経済新聞2014年1月25日朝刊「添乗員、みなし労働認めず、最高裁判断、残業代支払い確定」)。
この判断に従えば、冒頭のAさんのような外回りの営業職の場合も、業務の性質、内容や状況、指示や報告の方法などによっては、「労働時間を算定しがたいとき」にはあたらず、「事業場外みなし労働時間制」の適用対象外である場合も多いと考えられます。
「事業場外みなし労働時間制」を適用するか否かまでは募集要項ではわからない場合が多いと思われますが、企業説明会や面接などで確認しておきたいものです。
外回り営業職にも合法的に「みなし労働時間制」が適用可能になる?
上記の最高裁の判断は、「事業場外みなし労働時間制」を外回りの営業職に安易に適用してきた企業には、大きな衝撃をもって受け止められたようです。この最高裁の判断によって、安易な適用が見直されるようになるとよいのですが、しかしながら現実は逆の方向に動く可能性もあります。
現在、国会では「残業代ゼロ法案」や「定額働かせ放題法案」などと呼ばれる法案(「労働基準法等の一部を改正する法律案」)が継続審議となっています。この法案では「高度プロフェッショナル」と呼ばれる高度な専門知識を必要とする業務に従事する者に対し、一定の年収要件などの条件を設けた上で、労働時間等に関する労働基準法の規定の適用除外とすること、つまり残業代(割増賃金)を伴わない長時間労働を合法化することが目指されています。
そして同時にこの法案では、前回に説明した裁量労働制のうち「企画業務型裁量労働制」について、法人顧客を対象とした課題解決型提案営業の業務に従事する者などにも適用を拡大することが目指されているのです(日本経済新聞2015年4月2日朝刊「裁量労働制の対象拡大 専門知識持つ法人営業職に」「脱時間給より影響大 裁量労働制、企業が注目」)。
「高度プロフェッショナル」には年収要件があるのに対し、こちらの「企画業務型裁量労働制」の拡大については年収要件がありません。厚生労働省は法案の成立後に指針を見直して具体的な職種を例示するとしており、既存の顧客を定期訪問する「ルートセールス」や店頭販売など一般的な営業職は対象に含めないことも明記するなどと報じられていますが、冒頭のAさんのような例が対象外となるのかどうか、法案を見る限りでははっきりとしません。
最高裁の判断によって「事業場外みなし労働時間制」の適用対象が厳しく制限された中で、法改正を行って法人顧客対象の営業職を裁量労働制の適用対象とし、残業代(割増賃金)支払いの対象外とすることが目指されているとも考えられます。皆さんにとっても実は縁遠い話ではないのです。
法律監修:嶋崎量(弁護士・神奈川総合法律事務所)
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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