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教養

人生の師となるミュージシャンとの出会い 数学×音楽=創造!(9)

ジャズピアニスト・数学者・人材育成コンサルタント 中島さち子

2018/2/19

人生で何かを決断するときには、「人」との出会いも大きな影響を与えることがあります。私は、大学卒業頃、数学と音楽でまだ色々と迷いがある中で、ある日先輩音楽家が出演するからと訪れたライブハウスにて、一人の素晴らしい音楽家に出会いました。その方のお名前は、本田竹広さん。

本田竹広さん(右)と本田珠也さん

1945年生まれの本田竹広さんは、日本を代表する名ジャズピアニストであり、Native Sun というフュージョンバンドでも一世を風靡した方です。ジャズディスク大賞を受賞した「This is Honda」や鬼気迫る「Salaam Salaam」など、実に力強い名作が沢山あり、聴くたびに鼓舞されます。

その本田さんは1993年、97年と2度の脳内出血で倒れ、2度目の後遺症ではお医者さんより左半身不随を宣告されました。一時は周囲を含め絶望に陥ったそうですが、ピアノが大好きで仕方なかった本田さんは、入院していたリハビリ施設にたまたま置かれていたピアノと格闘する日々を始めました。音にならない音。思うように動かない指......。

音楽の「凄さ」に打ちのめされた

でも苦闘の日々を経て、1999年、本田さんは「奇跡の復活」を遂げます。かつては音楽界を我が物顔に闊歩されていた名ピアニスト本田さんは、色々なライブハウスに土下座をして弾かせてくれ、と頼み歩いたと伺ったことがあります。私が本田さんの音楽に初めて出会ったのは、そんな「奇跡の復活」から数年たった、本田さんが50代後半の頃でした。

復活当時、本田竹広さん(ピアノ)のレギュラーバンドは、米木康志さん(ベース)と本田珠也さん(ドラム)とのピアノトリオ。このピアノトリオの魅力たるや!素晴らしいものでした!絶妙な「あ・うん」の呼吸と、斬新なアレンジ、時に意表をついた素晴らしい展開... 少し抽象的な言葉になりますが、その頃の本田さんのライブは、文字通り、音楽と人間と生きることへの愛に溢れていました。

本田竹広さん(右)と小室等さん

溢れ出るようにピアノを転がる奇跡の左手の指と共に力強くゴスペルのように大地に歌い響く素晴らしいピアノ。そして時には"What's Going On"を歌い出したり、突然「3だ!」と叫んで(?)踊り出したり、驚くような展開を見せてお茶目な笑顔がこぼれたり、お客様をじっと見て寄り添い声をかけたり。場が一体となり仕事帰りの聴衆も笑顔が溢れ、余りにせつない哀しみの音に思わず涙がこぼれました。

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