「生まれる前から君を待っていたよ!」
こんなあたたかいジョークと笑顔でコンサートのリハーサルに私を迎えてくれた世界的チェリストのヨーヨー・マは、偉大な人格者として私が尊敬するロールモデルであり、ハーバード大学の大先輩でもあります。この春、私はヨーヨーマと、彼の率いるシルクロードアンサンブル※とハーバード大学の大講堂で共演する機会を得ました。今回は私のハーバードでの音楽活動と、リハーサルと本番を通して知った、ヨーヨー・マのリーダーシップについてお届けします。
ハーバード大学の学部には楽器の実技授業はありませんが、ヨーヨー・マ、作曲家のルロイ・アンダーソン、指揮者のバーンスタインやアランギルバートなど名だたる音楽家を輩出しています。本格的に音楽家を目指している学生はもちろんのこと、音楽以外の専門を学ぶ傍らで真剣に音楽活動をしている学生など、音楽に関わっている学生の多さに驚きます。
私は昨年末のハーバード新美術館の開館式での演奏をはじめ、教授の引退式や学校への寄付をした方々への感謝式など、普通の学校生活では経験できないような場所での演奏に恵まれ、音楽を通じて様々な方とお話ができるようになりました。その中で、ボルティモア交響楽団の音楽監督、マリン・オールソップのハーバードでの指導者賞の授賞式に呼ばれて演奏したことがきっかけで、シルクロードアンサンブルのディレクターの女性に出会い、今回のヨーヨー・マとハーバード大学で共演、という夢のような話が舞い降りてきました。

「どんなに小さな演奏会でも一生懸命弾くのよ」
小さい頃、バイオリンの先生に「誰がどこで聴いているかわからないから、どんなに小さな演奏会でも一生懸命弾くのよ」と助言をいただいて以来、ひとつとして手を抜くことなくがんばってきて本当に良かったと実感した瞬間でした。その先生の言葉は音楽家にだけでなく、仕事でも日常生活にも応用がききます。こんな小さい仕事は適当にやっておけばいい、という心構えでやるのではなく、どんな細かい仕事でも几帳面にこなしていると、誰か必ず見ていて気付いてくれる方がいるのです。
さて、ヨーヨー・マとのリハーサルと本番で、私が最も感銘を受けたのは音楽のすばらしさはもちろん、彼の卓越したリーダーシップです。日本でイメージされるリーダーシップは、強い意志と目標を持つ並外れたリーダーが1人いて、目標の達成を支えるために部下がいる、主な意志決定はトップダウン、が主流でしょう。もちろん、そういうリーダーのもとで躍進をつづける企業や団体も多いですが、私がヨーヨー・マに見たのは、ついてくるみんなを心から支えてハッピーにする、いわゆる、サーバント・リーダーシップのような人間力でした。

リハーサル中、ヨーヨー・マはジョークをたくさんとばして場を和ませますが、演奏については一切口出しをしません。様々なバックグラウンドを持つ今回のアンサンブルメンバー14人の実力をヨーヨー・マが100%信頼しているのはもちろん、自分が発言するとみんなが遠慮して反対意見を言えなくなるだろう、と仲間を尊重して発言を控えているようにも思いました。メンバー全員がどんどん発言し、より良い演奏のために議論を続けながらリハーサルを進めるのです。
一番印象に残っているシーンがあります。本番のステージ上で私がリハーサル通りにリズムを刻んでいたら、ふと見るとヨーヨー・マが私に違うリズムを弾くように身振りと目線で指示しているではありませんか。見よう見まねでヨーヨー・マの真似をして、こんなかんじ?と目線で尋ねると、うんうん、と彼がうなずいているようでした。
クラシックとは異なり、出番ではないときも演奏者は全員ステージ横のイスに座って盛り上げるため、ずっと生のライブの空気を肌で感じることができ、演奏していないメンバーも常に一体感があります。メンバー一人ひとりの個性を尊重し、表現力を最大限に引き出し、初めて参加した私にも当日の盛り上がり方次第でリハーサルにない弾き方や即興をさせてくれるヨーヨー・マの、他人の力を信じて引き出すリーダーシップです。
この人についていけばいいのだ、という環境
リハの合間には常に冗談を言ってメンバーをリラックスさせる、リハーサル中はみんなに合わせてついていく、リハ終了後はみんなが過ごしやすい環境をつくる、みんなは自然とこの人についていけばいいのだ、と安心する。本番での強い信頼感と精度の高い演奏はそこから生まれています。ヨーヨー・マは、その場にいるだけで周りの人がついてくるタイプのようにみえました。本物のリーダーシップが発揮される様子を目の当たりにすることができ、私は本当に幸運でした。
スターバックスのハワード・シュルツCEOが最近、このような発言をしています。The values of servant leadership - putting others first and leading from the heart.普通の人を見下し、異なる意見を持つ人を拒絶するようなリーダーはもう古い、自分よりも他人を第一に考え、あらゆる垣根を越えて心の底からみんなをつなごうと下から支えるリーダー、そんな人が、この予測不可能な21世紀の社会にはふさわしい、と私には読めました。ヨーヨー・マはまさにそのようなリーダーでした。

ヨーヨー・マが、シルクロードアンサンブルを結成して世界各国を飛び回っているのは、教育・ビジネス・音楽といった異なる分野の出会いによる化学反応を期待しているからです。形のない音楽を通じて社会に貢献するのは容易ではありませんが、私も故郷の大分で、「Summer in JAPAN」という非営利の教育支援団体を立ち上げ、次世代の子どもたちに、机上の勉強だけでなく、アートや音楽を通じた自己表現力、コミュニケーション力を身につけてもらおうと微力ながら毎年夏、ハーバード大学の仲間と共に様々なワークショップやコンサートを催し、3年目をこの8月に盛会に終えたところです。
次の世代が今の私たち世代よりもっとすばらしくあるようにといつもイメージして、人と人とをつなげ、他分野をつなげる。今回の出会いから学んだ、謙虚に奉仕するタイプのリーダーシップを私も実践していきたいです。
※シルクロードアンサンブルはヨーヨーマが文化や世代、分野を越えて世界をつなげたいという思いから2000年に創立した楽団。シルクロード諸国の民族楽器や、琵琶・尺八・ガイタなどを使い、オリジナル曲を演奏する。

1993年生まれ、大分県立大分上野丘高校卒、米ハーバード大4年生。英語塾を経営する母親の影響もあり、4歳で英検3級に合格。3歳から始めたバイオリンで高1の時に国際コンクール優勝。大学では2団体の部長やオペラのプロデューサーなどを務める。2013年からハーバード大の学生らとともに子どもの英語力を強化し表現力やコミュニケーション力を引き出す英語セミナー「Summer in JAPAN」を大分で開催している。