人とつながる新しい旅 カウチサーフィンって何?
アメリカ南部奮闘記(8)
ご無沙汰しております。香山葉子です。7月から一時帰国し、インターンシップのために毎日満員電車で挫けそうになりながらも千葉県にある自宅から東京都まで通勤しております。今回はそんなインターンシップの話と見せかけて、「カウチサーフィン」(couchsurfing)のお話をさせていただきます。カウチサーフィンは大まかに言うと、カウチ(ソファー)をサーフ(転々と)することです。
旅行者にボランティアで寝床を提供
まずは、カウチサーフィンというコンセプトに馴染みのない方が多いと思いますので紹介させてください。"couchsurfing"というウェブ上のコミュニティが存在しており、誰でも会員登録を行うことができます。ここではユーザーが旅先での寝床をリクエストしたり、逆に地元のユーザーが寝床を必要といている旅人を自宅にとめてあげたりといったやり取りが行われております(カウチサーフィンの概要と利用上の注意点については、記事末尾の「注」を参照)。
この仕組みの特徴は、宿の提供や宿泊に関して、金銭のやり取りが一切発生しないことです。純粋に好意でリクエストを承認し、旅人を助けてあげるのが原則です。泊めたり泊まったりしたことのあるユーザーはたいていレビュー(評価)をもっています。ここでその特定の個人の信憑性を確認することができます。ユーザーたちはある特定の条件をみたすと認証済みユーザーの称号が与えられます。例えば会費を支払ったり、公的なIDの照合を行ったり、他のユーザーを泊めてあげた上にレビューを書いてもらったり、といった行動が認証の条件になります。
私はエジンバラ留学期間中にカウチサーフィンを始めました。当初は「こんな都合のいい話が果たして本当に世の中に存在するのか」と、このコミュニティの信憑性を疑いました。しかし、実際利用してみると本当に素晴らしいシステムだと思いました。フランスのトゥールーズとオランダのアムステルダムで利用しましたが、いずれのときも問題なくカウチサーフィンすることができました。ただ、トゥールーズでは、宿泊予定の前夜になって受け入れを約束してくれていたホストと連絡がつかなくなりました。このときは急きょ、新しいホスト見つけなければなりませんでした。幸運にも、事前に万が一のために連絡先をとっておいた別の方にコンタクトしたところ、急なお願いにもかかわらずとても親切で、ご自宅にお招き頂きました。
到着した初日は日曜日で、フランスではスーパーが早くしまってしまう曜日でしたが、食材を買えずに右往左往していた私を夕食にまで誘ってくれました。そのホストの方々は地元の大学生で、おかげで安くて美味しいレストランも教えてもらえました。レストランのおすすめ以外に、トゥールーズの観光案内を丁寧に書かれたメモを頂きました。おかげで私は実に楽しいカウチサーフィンデビューを飾ることができました。また、オランダのアムステルダムではそのような歓迎はされなかったものの、快適な宿泊をすることができました。いずれの宿泊先でもタオルやリネン類を提供され、特に困らずに夜をしのげました。
人との交流を楽しみ、その土地の暮らしを実感する
実は、エジンバラ留学期間中、泊める立場の「ホスティング」をしたこともあります。自分が旅人として人様に迷惑をかける前に、是非「迷惑を被る側」を経験してみたかったのです。
私の最初のお客さんはアンディでした。アンディはロンドン在住のスロバキア人で、ヒッチハイクでヨーロッパを一周した「とんでもないヤツ」でした。このときはロンドンからヒッチハイクでエディンバラまでやってきて、私のドミトリーで2泊しました。一緒に歴史あるエディンバラ市内を散策したり、お寿司を握ったり、私の友人を交えてパーティーしたり、私にとってもアンディにとっても盛りだくさんの滞在でした。そんな2日間で、私はアンディからカウチサーフィンの極意を習得しました。
タダでとめてもらうということは金銭的な見返り以外の何かしらを、泊めてくださった方にあげる必要があるのです。自分がホストを経験してつくづく、そう思いました。例えば、ゲストとして面白いトークをしたり、ご飯を作ってあげたり、お土産をあげたりなど金銭に変わるような「感謝の証」はカウチサーフィンにおいてとても重要だと思います。このコミュニティは「好意のキャッチボール」によって成り立っているので、そのキャッチボールができないと、良いレビューがもらえません。
宿泊リクエストを送る際は完全にウェブ上でのやり取りとなります。そのため、レビュー、つまり自分の信憑性を証明するものがないと中々そのリクエストは承認してもらえません。うまくカウチサーフィンするには、まずホストととして他人を自宅に受け入れてみるところから始めるのが無難でしょう。そこで、ホストとしてレビューを稼ぎ、信憑性を獲得してからサーフィンに乗り出すことをおすすめします。
見ず知らずの人を泊めることに抵抗感も
さて、日本に帰ってきた私は、母にこのコンセプトを説明して、いままで自分がどれだけこのシステムにお世話になったかを力説しました。すると、なんと千葉県の自宅でもホストする許可をもらったのです。しかし、残念ながら、カウチサーフィンのホストを経験した母は、やはり全く知らない赤の他人を自宅にとめることに抵抗を覚えたようです。母が気を悪くした要因としては、宿を提供したKくんが夜遅くに「私と家の周辺の散歩をしたい」と申し出たことがあったようです。また、我が家での滞在の最後に、母に対してお礼の挨拶の言葉がなかったことなども挙げられます(私にはそような旨の言葉をかけくれましたが)。結局、1回目の受け入れのあと母は「もう次はない」と、きっぱりと受け入れ許可を没収してしまいました。(泣)
しかし、そんな1回限りの日本でのゲスト受け入れを通じてわたしはとても貴重なことを学びました。それは「外国人からした日本社会の居心地の悪さ」です。私はかねてから日本国民の規律正しさ、それを育んだ教育システムに揺るぎない自信と誇りを持っていました。しかし、その自信と誇りが私のカウチサーフィンゲスト、スペイン国籍のKくんによっておびやかされました。「日本は交通網が発達していて、治安も良くて、食べ物も美味しいし街はきれいだけれども、なんだか落ち着かない」とKくんは私にいいました。
「人間味にかけている」。これこそが「落ち着かない」原因らしいです。電車で大きな声を出したり食べ物を食べたり、公共の場で感情をあらわにしたり、知らない人と世間話をしたり、そんな「外国」ではよく起こりうることが日本ではあたかも「悪いこと」のように制限される意味が彼にはわからないそうです。また、高校生のカップルが学校の帰り道で「手をつないだりチューしたり」すると、学校へ近隣住民から苦情が届き、生徒らが生活指導をうけるという私の高校のエピソードも彼にはよく理解できませんでした。
Kくんいわく、「人間味のある行動を制限する」文化が日本にはあって、それが本当に「外国人」の居心地を悪くするらしいです。日本ではこのように生活の細部までに規律正しさを求められるため、たとえ外国人が後天的に流暢な日本語を習得しても、日本での定住は苦労がつきまとうだろうとKくんは私にいいました。特に「気持ちの表現」を抑制させる日本の文化が、もしかしたら多様性を大事にする社会への移行を妨げているのかもしれません。効率や規律正しさは確かに先進的な現代社会において美徳とされていますが、もし私達がそれらのために人間らしさを犠牲にしているのであれば、まるで本末転倒とは言えませんでしょうか。
そんなKくんと一回限りの実家でのホスティングを通じて知り合うことができ、良かったと思います。みなさんもこの記事をきっかけに、カウチサーフィンを始めてみてはいかがでしょうか。
■ 利用の注意点 (自己責任で利用することが規約に明記されている。運営者からは利用者に対し主に下記のような注意点が示されている)
○登録者のプロフィールや過去の利用者による評価などを見て慎重に相手を選ぶ。
○申し込んできた人が「安全でない」と感じたら、遠慮なく断る。
○万が一、現地で相手と連絡が取れなかったり、会った後で不安を感じたケースに備えて、路頭に迷うことがないよう他に泊まれるホテルなどバックアップ態勢を調べておく。
○泊める側、泊まる側双方に誤解がないよう文化や習慣を事前に調べておく。
○個人の電話番号やメールアドレスは絶対に教えない。やりとりは必ずウエブサイトを通じて行う。
※コミュニティサイト"couchsurfing"から作成
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。
関連企業・業界