野草や昆虫食べる「野食」に光 災害時や温暖化対策に
道ばたの野草や公園にいる昆虫を食べる「野食」に注目が集まっています。「これも食べられる」。インターネットで野食についての書き込みを見ると、災害への備えなども関心が高まっている背景にあるようです。「達人」たちを訪ねました。
12月上旬、川崎市の多摩川べりを案内してくれたのは紹介ブログ「野食ハンマープライス」を運営する茸本朗さん(33)です。「早速ありましたよ」。河原を歩き始めて5分もたたず、茸本さんが草むらに分け入りました。採ってきたのはハマダイコンという野生の大根です。
「この辺は、僕にとっては畑ですね」。茸本さんはネギの一種のノビルや春の七草の1つ、ハコベなど10種ほどの野草をあっという間に集めました。普段から野草を食すという茸本さんの動機の1つが、大規模災害への備えです。2011年の東日本大震災後、カップ麺などの非常食に比べて野菜など生鮮食品の供給は滞りました。茸本さんは「野草を食べられれば災害時でもビタミン不足にはならない」と自信をのぞかせます。
世界的に注目される野食といえば昆虫食でしょう。欧州連合(EU)は18年1月から全域での流通を認め、関係者を驚かせました。昆虫食を規制する加盟国もある中、食料として公認する決定だったためです。
昆虫食研究家の内山昭一さん(68)は「EUの動きの背景には食料難や地球温暖化への危機感がある」と解説しています。牛や豚は生育のため穀物などを消費し、温暖化ガスも大量に排出します。対して昆虫は省エネです。内山さんによると体重を1キログラム増やすのに必要な餌の量は牛の10キログラムに対してコオロギは1.7キログラムで済むそうです。
味はどうでしょう。内山さんが都内の飲食店で開いた体験会を訪ねてみました。食材となった虫はセミの成虫やスズメバチのさなぎなどです。初参加の介護職員、戸部大歳さん(23)は昆虫の手まりずしなど3種のメニューを平らげ「昆虫は食べられないという固定観念が覆った」と驚いていました。体験会には約20人の参加者のほか香港のテレビ局も取材に来るなど、関心の高さをうかがわせました。
将来性がありそうな野食ですが、素人が始めるには注意が必要です。虫は「寄生虫のリスクがあるので絶対に火を通してから食べる」(内山さん)、野草やきのこは「図鑑が挙げる特徴を全て満たすものしか食べない」(茸本さん)がポイントのようです。多摩川から帰った夜、記者も持ち帰ったハマダイコンを塩こしょうでいためて食べてみました。野外を歩いて採ったためか、少なくとも普段の夜食よりは健康に良いと思えました。
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野食の魅力や注意点について、達人とされる2人に話を聞きました。
紹介ブログ「野食ハンマープライス」運営の茸本朗さん「ラーメンもおせちも作れる」
――野食の楽しみとは何でしょう。
「採ることと食べることの両方が楽しい。狩猟には免許が必要だが、日常環境の近くにある野菜やきのこを食べるのに免許はいらない。四季を通じ、近くにあるものを食べるという姿勢は魅力的だ。しかも調理の仕方次第でおいしさを追求できる。ドングリを粉にしてひけばラーメンの麺になる。釣ったウツボをかまぼこにしたり、ハマダイコンをなますにしたりすれば、野食版のおせちも作ることができる」
――野草やきのこを食べられるかの判別のポイントは何でしょうか。
「よく初心者は、専門家と一緒に始めるべきだと言われるが、あまり賛同できない。むしろしっかりした野草やきのこの図鑑を携えて臨むのが大切だ。図鑑に示してある特徴や、食べられる条件などを全て満たしているものだけを食べるのがいい。図鑑が10個の特徴を挙げていたら10個を忠実に確認することだ。何となく似ている、というあいまいな判定は事故のもとになる」
――自身の失敗経験も教えてください。
「高校生の時にイタリア料理に使うポルチーニに似たきのこを探していて、ニガイグチという毒性の物を食べてしまった。口の中に入れると苦いのですぐに吐き出したが、後でシャワーを浴びようとしたら激しく嘔吐(おうと)した。非常に恐ろしい経験で、自分の知識の足りなさを思い知った。図鑑の説明の一つ一つを大切にするという姿勢はそれ以来、深まった」
「もう1つ、一部の地域では食卓に上るアメフラシという軟体動物を食べ、耳がかゆくなり、まぶたが腫れて涙が止まらなくなった。食べられる生き物でも、普通の食品と同様に人それぞれアレルギーの問題は残る」
昆虫料理研究家の内山昭一さん「昆虫食、ビジネスチャンスに」
――どうして昆虫食に関心が集まっているのでしょう。
「国連食糧農業機関(FAO)が2013年に食糧危機への対応として昆虫食を取り上げてから、雰囲気が大きく変わった。私が開催する体験会も従来、変わったものを食べてみたいという人が多かった。FAOの報告以降は、環境や食糧問題に関心を持つ参加者が増えた。さらに18年1月にはEUが昆虫食を公認する決定を下したことで、一気に関心が高まっている」
――昆虫食にお墨つきを与えたEUに比べ、日本の行政対応はどうでしょう。
「実は日本では昆虫食についての規制がないため、ある意味で野放しの状態だ。いい面もあるだろうが、消費者の不安を取り除くにはちゃんとした基準を作るべきだろう」
――そもそも昆虫食は日本では身近だったはずです。
「およそ100年前は日本で55種もの昆虫を食べていたという記録が残っている。ハチやバッタなどをつくだ煮にして食べるのは普通だったし、今も地方によっては習慣が残っている。しかし戦中戦後の食料難から欧米流の肉食が普通になる時代を経て、昆虫食には貧しい時代に食べていたもの、という偏見ができあがってしまった。さらには昆虫をペットとして飼う人もおり、かわいそうという感覚もあるのだろう。しかし環境問題への関心から、昆虫を食べるのが先進的というイメージが世界的に広がっている」
「まだ日本では少ないが、昆虫を食材として提供する企業も欧米では出始めている。コオロギを粉末にしてプロテインバーにするなどの試みが中心だ。私は粉末などにして形を見えなくするより、虫の形が見える食べ方に将来性を感じている。魚のすしだって昔は、生食は気持ち悪いと欧米で嫌われていたが、いまや普通に食べられている。昆虫をそのままのせたすしだって、将来は定着するかもしれない。さらに昆虫食は五感を使いながら虫を捕るなど、習慣づければ生きがいや健康につながる。大きなビジネスチャンスを感じている」
(高橋元気)
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