日経ナショナル ジオグラフィック社

セタールは現在16歳。フットボールをやり、女の子の恋人もいる。恋人は、セタールが男であろうと女であろうと気にしないと話す。妹のアリは14歳で、女の子からもらったラブレターを箱に入れて保存している。家では、母親や姉、妹が食事やお茶の準備をしていても、セタールとアリは手伝おうとしない。

「男の子のほうが社会的な地位が高いとされるため、誰もが男の子を欲しがります」と、ダキ氏は言う。特に、低所得の家庭ではその傾向が強い。「娘ばかりで息子が生まれない家庭では、当たり前のように行われていることです」

セタールと恋人のアレゾウ。2人の親は交際を禁じたが、アレゾウはセタールが女でも男でも気にしないと語る(PHOTOGRAPH BY LOULOU D'AKI, NATIONAL GEOGRAPHIC)

だが、小さな子どもが成長して思春期に入ると、性の違いが顕著になり、少年として生きるのが困難になる。時には、危険な目にもあう。嫌がらせを避けるために引っ越しを繰り返す家庭もある。通りを歩けば、「反イスラム」「性転換者」などと心ない言葉を投げつけられる。アリの父親は、アリが安全に学校へ行けるように車で送り迎えをしている。セタールは、何度も嫌な思いをして学校へ行くのをやめてしまったという。

侮辱されても、女性として生きることは拒否

両親は、今さらながらアリやセタールに女の子の服を着せて、女の子らしくふるまうよう願っているが、今や本人たちはそれを望まない。ダキ氏は言う。「アフガニスタンで女性として生きるのは、本当に大変です。できることも多くありません。バチャ・ポシュとして生きることも、自分で決めたわけではなく、周囲の人が決めたことです。でもそれで少しは自由があったのに、今度はいきなり女性に戻れというのです。女性には可能性が制限されている、この国でですよ」

ダキ氏は、他にも男の子として生きる少女たちに会った。ザラは両親を亡くし、「自分の足で生きて行けるように」と願ったおじに、バチャ・ポシュとして育てられた。今は立派に成長し、これまでに8人の男性から求婚されたという。「周囲からは、とても強い女性だと見られています」と、ダキ氏は語る。他にも、家族を守るために2人の娘を男の子として育てるシングルマザーもいた。

ウィメン・フォー・アフガン・ウィメンは、首都カブールで女性のためのシェルターを運営しているが、少なくとも年に2回はバチャ・ポシュの女性がやってくるという。ケースワーカーにとって、こうした女性たちは特に難しいと、ナシム氏は言う。嫌がらせを受け、侮辱され、社会から切り離されても、本人たちは女として生きることを拒否する。年齢が上がれば上がるほど、性による文化的制限を受け入れることができなくなるのだ。彼女たちはベールをつけ、家族のために料理をし、他人の前では視線を下に向けることを学ばなければならない。

「体が成熟すれば、男でいつづけることは不可能であると気付くのですが、だからといって彼女たちを女性として受け入れてくれる人もいません。これは、女の子の能力とか才能とか権利といったものを無視した抑圧です。女の子の権利を否定するということは、女性という性に対する侮辱なのです」

次ページでも、さらにダキ氏がとらえたセタールとアリの姿をお届けする。