レクサスが挑む 脱「ドイツ」的クルマの未来
レクサスが2018年後半に投入したセダン「ES」とSUV「UX」。どちらも、これまで自動車メーカーが守り続けてきた基準とは異なる挑戦をしていると自動車ジャーナリストの渡辺敏史氏は分析する。従来の基準と何が違うのか。
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この年末に向けてレクサスが相次いで投入したモデルたちには、様々な示唆が含まれている。というのは僕の私感なのですが、プレミアムと呼ばれるゾーンにいるクルマのあり方も少しずつ変わりつつあると、まずはそんな話をしてみたいと思います。
まず先ごろ発表されたES。これは車格的にはGSとLSの間に割って入る、FF(フロントエンジン・フロントドライブ)アーキテクチャーのセダンです。
セダンといえばレクサスはこれまで、IS・GS・LSの三本柱でラインアップを構成していました。
この小・中・大に共通することといえばFR(フロントエンジン・リアドライブ)=後輪駆動ベースのアーキテクチャーであるということ。これはいってみればメルセデスベンツがC・E・Sクラスを、BMWが3・5・7シリーズを擁しているのと同じロジックです。
つまりプレミアムを標榜するならFRでなければ話が始まらないと。確かにそういうイメージはいまだ根強いものです。レクサスのみならずジャガーだってキャデラックだって、ブランドの軸となる3つのセダンはFRのアーキテクチャーを用いています。
が、もはやその3つのセダンを売り分けることは難しい、そんな市場環境になっているんですね。
特に難しいのは中です。
法人による車両供与が従業員の役職報酬の一部として認知されているドイツでは、中のセダンに少なからぬ需要があります。が、そういう制度のない他市場では個人ユーザーの価値観や嗜好が多様化していますから、必ずしもメーカー側の設えたヒエラルキーを出世魚のように登っていくことはありません。
特に中のクラスは同価格帯で人気のSUVがよりどりみどりですから、なにか突出した特徴もない限り、ビジネスが成立しなくなってきています。
大パワーより室内の広さや燃費の良さ
そもそもFRアーキテクチャーがなぜプレミアムとされたかは、大パワーを受け止めやすいことや操舵(そうだ)感の良さ、ロングノーズのデザインといった情緒的なところが大きかった。でも今や普通のユーザー感情でいえばパワーよりも室内の広さとか燃費の良さのほうが喜ばれるわけです。
ましてや、この先に否が応にもやってくるパワートレーンの電動化なんて話になると、バッテリーだのモーターだのと積むものは増えるわけですから、少しでも車体に白場(しろば=自由に使えるスペースのこと)があった方がいいわけで、車体のど真ん中に駆動シャフトを通すFRアーキテクチャーはスペースユーティリティー的には確実に不利なわけです。
こうなるとドイツ勢を除くプレミアムブランドは、これまでの三本柱を守り続けるべきか難しい決断を迫られることになるでしょう。恐らくはレクサスだけでなく、ジャガーもキャデラックも、今後のパワートレーンの変化に乗じてまったく新しいラインアップの構成を考えることになるのでは……というのが件の私感でございます。
ちなみにESはGSよりもちょっと大きい車格をして、LSと同等以上という広大なスペースを有しています。FFアーキテクチャーで全車ハイブリッドゆえ、駆動用バッテリーを搭載していてもトランクはゴルフバッグ4つを余裕で飲み込むほどです。つまり、今までの三段階のヒエラルキーに対してスペースユーティリティーという実利をもって勝負に出たのがESということになるでしょう。
新しいパッケージに伝統のイメージ
そしてこの後、年末に発売されたもう一つのニューモデルがUXです。車格は欧州的にいうところのCセグメント、すなわちVWゴルフを筆頭とした世界最大の激戦区に位置付けられますが、ご覧の通り車高が高めで最低地上高が適度に確保された、SUVよりも一歩都会的な「クロスオーバー」などと呼ばれるプロポーションが採られています。
レクサスのお偉いさんと話をしていると、このUXのような成り立ちはもはやSUVだの何だのとカテゴライズする時代を過ぎて、新しい世代のメジャーな乗用車像として捉えるべきだろうという想いを抱いていることが伝わってきます。街乗りにもピッタリのサイズにして、乗り降りしやすく見通しやすい高さという機能の利がそのロジカルな理由なのでしょう。
だったら既存車の車高を上げればいいだけのこと……という話に至りそうなものですが、UXの開発ではその機能に付加される独自性が開発のポイントとなったようです。
そのひとつは典型的なSUVが持つ力強さや道具感みたいなところを、切り捨てるのではなく、いかに適切にまとっていくか。つまり新しいパッケージであっても、そのイメージは生かすという設計です。
チーフエンジニアは人々がSUVに引かれる理由に、普通のクルマとは違ったこれに守られている、頼れる感じがあることを挙げています(記事「レクサスUX 女性チーフがこだわる抜け感と守られ感」参照)。今日びのレクサスのデザインとしてはシンプル指向だと思いますが、その塊感の中に力感が感じられたなら、作り手の狙いは成功しているということでしょう。
SUVにハッチバックの操作性を
そしてもうひとつは適切な車高=重心も活かしながらのシーンを選ばぬ軽快な走りです。ここでUXが目標にするのは、それこそVWゴルフのような標準的なハッチバックモデル。つまりSUVとは完全に一線を画した敏しょうさや安定感の確保を狙っています。
UXの基本骨格は現行プリウス以降からトヨタ・レクサスの双方で(トヨタ関係者はこれを「コーポレートで……」と称します)共有しているものですが、レクサス側のそれは特殊溶接や構造接着剤などの使用域を増やして剛性を高めたオリジナルの仕様となっています。その差は普段乗りでの静粛性や快適性などにもしっかり反映されており、特に乗り心地については上位車種にあたるNXにも劣らないスッキリとした印象です。
オンロードのコーナリング性能はまさにUXが意図したところで、山道では背の低いハッチバックとなんら遜色のない走りをみせてくれます。
ここで光るのはまったく新しい設計のガソリンエンジンとCVTミッションの組み合わせで、その小気味よさは販売的主力となるだろうハイブリッドとは一線を画するものです。しかしUXにとってそれは余技のひとつであり、本領はむしろ何の気もなく普通に走っている時のフィーリングでしょう。思い通りに加減速できて、タイヤが路面をしっかり捉えている感触を伝えながらスイスイ曲がってくれる、こういった「速い遅い」的なベクトルではなく、気持ちの良さで走りを測れば、UXは相当良くできたクルマだと思います。
11月27日に販売が始まったUXですが、予約段階での購入者の年齢層は幅広いようです。若年層はもちろん、業界的にはダウンサイザーと呼ばれている大型高級車からの乗り換え組にも人気だと聞きます。
ESとUX、ドイツ勢とは一線を画するレクサスの新しい試みが果たしてどのように市場で評価されるのか、注目していたいと思います。
福岡県出身。出版社で二・四輪誌編集に携わった後、フリーの自動車ライターに。主な著書に、2005~13年まで週刊文春に連載した内容をまとめた「カーなべ」(上下巻、カーグラフィック)。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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