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長寿企業を変える

「バーミキュラ」生んだ職人魂 兄弟経営で町工場復活 愛知ドビー(上)

2018/12/4

邦裕氏は当時いた鋳造部門のトップに一から技術を教わり、鋳造技師に。33歳で社長に就任してからも若手を指導しながら、10年以上は現場を見てきた。そのため、「今は机に座っていても工場内の様子がよくわかる」という。

■22世紀にも社会から選ばれる会社を目標に

鋳物の精度は温度管理が左右する(名古屋市にある工場)=愛知ドビー提供

そんな兄と二人三脚で再建を進めてきたのが、副社長の土方智晴氏だ。入社前はトヨタ自動車の管理部門で原価企画を担当していた。06年、兄に請われて29歳で愛知ドビーへ。バーミキュラは、この智晴副社長が中心となって開発した。

「子どもの頃、『うちの機械って世界一なの?』と聞くと、職人さんたちが誇らしげに『世界一だよ』と答えくれました。ドビー機が売れなくなるにつれ、職人さんたちも下を向くようになってしまった。子ども心に悔しくて、町工場に生まれたものとしてなんとかしたいという気持ちをずっと持っていました」と語る。

2人は話し合い、まずは「22世紀にも社会から選ばれる会社になる」というビジョンを打ち立てた。

「要はつぶれそうでしたから、つぶれないためにはどうすればいいかと考えました。下請けのままでは長期的な成長は見込めません。メーカーになってお客さんに直接商品を届け、お客さんから『ありがとう』と言われるようにならないといけない。そうしないと職人たちの誇りも取り戻せないだろうと思いました」(智晴副社長)

銀行からの借り入れは難しく、設備投資も望めなかった。現場で精密加工を学びながら、今ある技術と設備を生かして作れる商品はないかと模索していたある日、智晴副社長は鋳物で鍋を作ることを思いつく。

「書店に鋳物の鍋を使ったレシピ本が並んでいるのを見て、驚きました。鋳物は工業製品に使われるものだと思い込んでいましたから」

鋳物ホーロー鍋は熱伝導率や蓄熱性に優れ、食材にムラなく熱を伝えることができる。ただし、密閉性に難点があった。「ならば、うちが得意とする精密加工で密閉性を高め、水なしで調理ができる鋳物ホーロー鍋を作れば世界一の鍋になる」。確信した2人は07年、バーミキュラの開発に取りかかった。

最大の難関はホーロー加工にあった。最初は協力業者に依頼しようと考えたが、邦裕社長が全国の業者に問い合わせたところ、「鋳物のホーロー加工はできない」と全社から断られてしまったのだ。

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