不動産バブル超え介護の道へ オリックス系社長の原点オリックス・リビング社長 森川悦明氏(上)

最初の転機は思いのほか、早く訪れた。入社から6年ほどたったころ、配置換えで配属された部署で「上司とどうしても合わなかった」。大規模な不動産開発を手掛けるデベロッパーで働いてみたい。そう思うようになっていた森川氏は、ほどなくして西洋環境開発の求人を見つけた。すぐに応募。1989年9月に入社した。時代はバブル絶頂期だった。

堤清二氏のもとでバブル後の清算に奔走

バブル崩壊後の後始末では学ぶことが多かった

西洋環境開発は当時、堤清二氏が率いるセゾングループの不動産・デベロッパーだった。リゾート開発やホテル事業などを積極的に展開し、北海道のサホロリゾートや三重のタラサ志摩などの大型案件を次々と打ち出した。

同社に転じた当初、森川氏はビル事業などを手がけた。しかし、90年代に入るとバブルが崩壊。それに伴い、同社は多額の不良資産や不採算事業が顕在化し、リストラを余儀なくされる。森川氏は、リゾート事業やゴルフ場開発を清算する担当に回った。

返済延長などを銀行と交渉し、資産の売却先を決める。時には、一筋縄ではいかない素性の相手にも会わなければならなかった。「清算する会社で働く従業員の雇用を維持してくれる相手を」と奔走した。

こうして、サホロリゾートやホテル西洋銀座など、西洋環境開発の5大事業のうち、森川氏は4つの案件の清算に立ち会った。

きつかったでしょう、と尋ねると、意外な言葉が返ってきた。「実は、やりがいがあると思っている部分もあった」

バブル崩壊という強烈な痛みを経て、日本の企業統治のあり方が大きく変わっていく現場に立ち会っているという実感があったからだという。「日本企業の経営にコンプライアンスやガバナンスという考え方が持ち込まれたのが、ちょうどこのころでした」

当時の西洋環境開発の会長だった森岡薫氏や、事業整理に送り込まれた総勢約10人の弁護団のリーダーだった、弁護士の森田健二氏など、生涯の恩人と呼べる人たちとの出会いもあった。

西洋環境開発は2000年7月、特別清算を東京地裁に申請、受理された。しかし、森川氏は同社の最後を見届けることなく、99年秋に退社していた。きっかけは99年春に開かれた取締役会。堤清二氏が久しぶりに出席したが、その時の議案で森川氏は10人の取締役の中でただ一人、反対の立場を取った。潮時だと思ったという。

西洋環境開発をやめた後は、最初に声をかけてくれた会社に行こうと心に決めていた。それがオリックスだった。2000年1月に入社。「制度を追いかけるな」をモットーに、老人ホームビジネスに飛び込むことになる。

森川悦明
1958年生まれ。日本大学大学院建築工学専攻修了(修士)。83年三井ホームに入社、89年に西洋環境開発に転じ、97年に同社取締役。2000年オリックスに入社。05年オリックス・リビングを設立、社長に就任。高齢者住宅経営者連絡協議会の会長も務める。

(ライター 藤原仁美)

管理職・ミドル世代の転職なら――「エグゼクティブ転職」

5分でわかる「エグゼクティブ力」
いま、あなたの市場価値は?

>> 診断を受けてみる(無料)

「エグゼクティブ転職」は、日本経済新聞社グループが運営する 次世代リーダーの転職支援サイトです

NIKKEI 日経HR


マネジメント層に必要な4つのスキルを鍛える講座/日経ビジネススクール

会社役員・経営幹部の方を対象とした、企業価値を高める経営の実務に役立つビジネス講座を厳選

>> 講座一覧はこちら

ブックコーナー ビジネス書などの書評はこちら
出世ナビ記事アーカイブ一覧
ブックコーナー ビジネス書などの書評はこちら
出世ナビ記事アーカイブ一覧