ミシュランひしめく美食のルクセンブルク 名物肉まん
国土面積はたった約2500平方キロメートル。神奈川県ほどの大きさしかない国にミシュラン星つき店が11軒(2018年11月中旬時点)もひしめき、国民1人当たりのミシュランの星の数は世界一。それが、フランス、ドイツ、ベルギーに囲まれ西ヨーロッパのヘソに位置する小国ルクセンブルクだ。
人口の半数近くが外国人で、周辺国だけでなくポルトガルやイタリア系の国民も少なくない。本国以外では数少ない、ミシュラン二つ星以上のイタリア料理店がある国でもある。
今年9月下旬にはルクセンブルクの政府機関主催のイベントが開催されたが、会場で提供されたのは長年同国のミシュラン一つ星イタリア料理店を率い、今秋新店「コモ」をオープンしたシェフ、レナト・ファヴァロさんが監修したメニュー。中には日本でもおなじみのイタリアンデザート、パンナコッタがあったが、生クリームと牛乳を合わせた生地が絶妙な食感で濃厚に舌に絡む。さすが美食の国の一品だった。
そのルクセンブルクの名物と言えば、真っ先に挙がるものの一つが「パテ・オ・リースリング」。肉と同国名産の白ワイン、リースリングのジュレをパイ生地で包んだ料理だ。肉料理でありながら、白ワインと合わせるために考案されたものらしい。「いわば、ルクセンブルク版『肉まん』なんです」とは、ルクセンブルク経済省・東京貿易投資事務所のエグゼクティブ・ディレクター、松野百合子さん。「レストランから総菜店まで、ありとあらゆる場所で見る料理なんですよ」と言う。
レストランでは大ぶりのパイをカットして出すが、総菜店では手のひらにコロンと載るような小さなサイズのパテ・オ・リースリングを見る。中にはぎっしりと香味野菜を効かせた肉が詰まっていて、かぶりつけば肉のうまみがリースリングの爽やかな味わいと合わさり口の中に溶け出すというわけだ。
作り方を詳しく聞こうと、政府機関のイベントなどでこれを手がけたことのあるフランス料理店・銀座レカン料理長、渡辺幸司さんを訪ねた。「店によって何を使うかは異なると思いますが、まず何種類かの肉を合わせてミンチにする。これをリースリングなどでマリネしパイ生地で包むんです。生地の上部には穴を開けパイを焼き上げた後、そこからコンソメと合わせたリースリングのジュレ液を流し込む。すると生地と肉の間に液が流れ込み、これを冷やし固めて完成というわけです」(渡辺さん)。
同国を訪れたことはないという渡辺さん、初めてこの料理を手がけることになったときはレシピもなく、リースリングをどのぐらい使えばいいのか戸惑ったという。「フランスのパテは酒精強化ワインであるマデラ、ポルトやコニャックといったお酒をしっかりと使い、複雑な風味に仕上げます。白ワインを主な材料として使うパテはフランスにはなく、リースリングでどのように風味を持たせるかが分からず、試作を繰り返しました」
たどり着いたのは、「リースリングをたっぷり使い風味をのせる」ことだった。「肉がすごくまろやかになりおいしくなるんです。リースリングはドイツのワインがよく知られていますが、甘いというイメージがある。でも、ルクセンブルクのワインはのびやかで料理に使いやすいんですよ」
パテ・オ・リースリングだけでなく、ザリガニ料理やオニオンクリームスープなど、同国の料理にはしばしばリースリングが使われる。「香りがよく切れがあるので、タマネギの甘さが強く出てしまいがちなオニオンスープにも切れや深みが出る。ぎゅっとした核ができて、風味が豊かになるんです」
残念ながら東京にルクセンブルク料理専門店はないが、日本橋浜町のカフェレストラン「Hama House(ハマハウス)」では11月22日まで期間限定で、先のファヴァロ・シェフ監修メニューをはじめ、同国の名物料理を提供している。
同店では、日本とルクセンブルク国交樹立90周年に当たる昨年初めて同国の料理を提供。期間限定でカフェメニューに加えたほか、予約客に個室でディナーも提供したところ、これが盛況。何組もの予約が入り、この国の料理を楽しむ人が多かったという。ルクセンブルクは欧州連合(EU)の拠点の一つであり、金融機関の集積地。「日本人の駐在の方も多く、料理を懐かしむお客様がたくさんいらっしゃいました」と同店を運営するグッドモーニングスの水代智子さんは言う。
メニューにはパテ・オ・リースリングもあり、こちらは同国大使館のレシピを忠実に再現。豚・牛・子牛を合わせたひき肉を、セロリやニンジン、パセリといった香味野菜と一緒に練り、パイで包んで焼き上げていた。やさしい風味のリースリングのジュレは香味野菜のフレッシュな香りが引き立ち、ボリュームたっぷりの肉も程よいコクに包まれている。
実は、パイ包みというオシャレな外観から松野さんの言う「肉まん」というイメージが今ひとつピンとこなかったが、凝った風味のフランスのパテとは異なり素材の味が素直に伝わり、豚を合わせたひき肉は肉まんの具を彷彿(ほうふつ)するところも。「なるほど」と納得だ。
同店ではルクセンブルクの豚ソーセージを使ったホットドッグも提供。こちらも優しい風味でハーブが際立つ。「国民1人当たりのミシュランの星の数が世界一」と言うとスノッブな国を想像するが、「心温まるホスピタリティーとフランス料理の洗練を併せ持つのがルクセンブルク料理」と松野さんが言うように、どこかほっとする味わいが同国料理の特徴なのだろう。
期間中には、珍しいルクセンブルクのワインも4種ラインアップ。リースリングだけでなく、オーセロワ、リバーナーといったブドウを使った白ワインや、フランスのシャンパーニュと同じ製法で作ったスパークリングワインを提供する。
同国東部にはドイツとの国境沿いにモーゼル川が流れ、これに沿い南北42キロに渡り広がるエリアは銘醸地として知られる。小国だけに生産量も限られ「ワインはほとんど自国内で消費する」と言われるルクセンブルクだが、料理にワインにと同国の味覚を味わう貴重な機会となりそうだ。
(フリーライター メレンダ千春)
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