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灘高で学んだ「人は人」 エンジェル投資家・谷家氏 谷家衛・あすかホールディングス会長が語る(上)

2018/11/12

谷家衛・あすかホールディングス会長

エンジェル投資家として知られる谷家衛・あすかホールディングス会長(55)。マネックス証券やマネーフォワード、ライフネット生命など数多くのベンチャー企業にかかわってきたほか、インターナショナルスクールのISAKや国際人権団体のヒューマン・ライツ・ウォッチなどNPO活動の支援に熱心な希代の篤志家でもある。そのユニークで個性的な投資活動の原点は、出身校である私立灘校(灘中、灘高、神戸市)の個性を尊重する気質にあると話す。

先生に怒られてばかりいた。

灘校時代は、遅刻しては怒られ、授業中に居眠りしては怒られ、宿題をやってこなかったと言っては怒られ、とにかく先生に怒られてばかりでした。

勉強ははっきり言って大嫌いでした。ただ、小学生のころは成績はよかったので、先生に勧められるがまま灘中学を受験したら、たまたま合格してしまいました。本当に、たまたまというのが、正しい表現だと今でも思っています。

灘では遅刻の常習犯でした。電車通学でしたが、朝寝坊したり家でグズグズしていたりして、しょっちゅう電車に乗り遅れていました。正確には覚えていませんが、確か1回遅刻すると3分の1欠席と見なすという規則があり、余りにも遅刻の回数が多いため、毎日ちゃんと学校に行っていたにもかかわらず、出席日数が足りずに危うく落第しかけたほどです。

それだけ怒られたら、普通は改心したり少なくとも改心しようとしたりしますが、そういう気は全然起きませんでした。

とにかく勉強が嫌いだったので、授業以外の時間に勉強した記憶はほとんどありません。宿題はやらないと先生に怒られるので何とか形だけやりましたが、でも、それすら自力ではやらず、いつも友達のノートを丸写ししたり、借りたりしていました。

数学の宿題は、朝の電車の中で、同じ駅から乗る仲良しのクラスメートのノートをよく写していました。でも、遅刻してその友達と同じ電車に乗れなかった時はノートが写せないので、宿題をやらずにそのまま授業に。数学の先生は素晴らしい先生でしたが柔道選手のような体つきをした非常に怖い先生で、よくゲンコツをくらいました。

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